皇太子殿下(現天皇陛下)と同妃雅子さま(現皇后さま)の結婚の義に、列島は祝福ムードに包まれ、米国では史上3番目に若い46歳のビル・クリントンが大統領に就任した。スポーツ界ではノルディックスキー複合の荻原健司が日本人初のW杯年間総合優勝の快挙を達成。1993年のことである。そんな時代からカズはJリーグのピッチに立ち続けているのだ。

3月10日のJ1で横浜FCのFWカズが、浦和戦の後半ロスタイムに出場、自身の持つJ最年長記録を54歳12日に更新した。プレー時間はわずか2分弱。ボールに触る機会もなく、0-2で敗れたが、空いたスペースへ懸命に走る彼の姿を見ているだけで幸福な気持ちになった。ひたむきさとともに、得点や勝敗を超越した「生きることの素晴らしさ」を感じたからだ。

浦和対横浜FC 後半終了間際、横浜FC・FWカズ(中央)はピッチに入る(2021年3月10日撮影)
浦和対横浜FC 後半終了間際、横浜FC・FWカズ(中央)はピッチに入る(2021年3月10日撮影)

思えば彼のサッカー人生は、風雪の連続だった。エースとして臨んだ93年のW杯最終予選ではロスタイムの失点でW杯初出場を逃した。世に言う「ドーハの悲劇」。日本人で初めてセリエAに挑戦したが、開幕戦で相手DFと衝突して鼻骨骨折などで1カ月も戦線離脱。98年のW杯フランス大会では開幕直前の合宿地で代表落選通告を受けた。所属クラブでも2度の戦力外通告を経験している。

私にもサッカー担当時代の忘れられない光景がある。97年10月のUAEとのW杯最終予選。引き分けで日本は5戦未勝利となった。試合後、怒った約5000人のサポーターが国立競技場を包囲。カズに罵声とともに空き缶や生卵を投げつけた。これにカズも「ちょっと来い」と切れて、もみ合いになった。逆風を一身に受けるエースの厳しさを目の当たりにした。

W杯アジア最終予選 日本対UAE 試合後、結果に怒ったサポーター達が暴徒化し、カズに罵声を浴びせ一悶着が起きる(1997年10月26日撮影)
W杯アジア最終予選 日本対UAE 試合後、結果に怒ったサポーター達が暴徒化し、カズに罵声を浴びせ一悶着が起きる(1997年10月26日撮影)

そんな途方もなく長かった修羅の道は、彼にとって人間を磨く貴重な修業の場だったのかもしれない。今、生き方は実にシンプルで自然体だ。現状を受け入れて前だけを向く。プレースタイルを変えることもいとわない。12年にフットサルに挑戦したように、失敗を恐れることもない。純粋にサッカーを楽しんでいるように見える。挫折と失望の末に到達した悟りの境地。だからカズは今もピッチに立っているのではないか。

同世代はとっくに引退して監督や解説者になっているが、同じレールに乗ろうとはしない。世間の常識には見向きもせず、時代に流されることもなく、わが道をゆく。その人生に損得勘定がない。私もカズのように生きたい。でも生きられない。だから彼の姿はとてもまぶしく映る。彼に自分の夢を投影しているのかもしれない。

07年2月のプレシーズンマッチで、39歳のカズが決勝点を決めた時、日本サッカー協会の川淵三郎会長(当時)は、イングランドの伝説的な名選手の名前を挙げてこんなコメントをした。「マシューズは50歳までプレーした。カズにはマシューズを超えてほしい。そのころにはJ3もあるだろうし」。

カズはとっくに伝説のマシューズを超えた。しかも、いまだJ1でプレーしている。「あっぱれ」と言うほかない。私たちは今、100年後も語り継がれる伝説を、リアルタイムで目撃しているのかもしれない。【首藤正徳】(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「スポーツ百景」)