一世一代の大勝負の時、どのような状態であれば人は力を発揮できるのか。今回は、私なりの勝負方法を話していこうと思う。

私にとっての一世一代の大勝負は、2016年4月に開催された「世界トライアスロンシリーズ ケープタウン大会」だ。この大会で8位入賞したことでオリンピック選考基準をクリアし、リオデジャネイロオリンピックという夢の舞台に立つことができた。

正直、当時の私の実力といえば、うまくいって20位前後の選手。なぜ、そんな私が選考基準をクリアできたのか。それは実力以上の幸運が重なったからだと思う。


左から筆者、矢島先生、上田藍選手
左から筆者、矢島先生、上田藍選手

私は日ごろから“無敵”を意識していた。無敵と聞くと「敵がいないくらい強くなること」と思われがちだが、そうではない。「敵を作らない」「ライバルも味方にする」という意味の無敵だ。

これは、当時お世話になっていたトレーナー・矢島実先生の教えである。

「無敵の人は必ず最後には幸せになれる。どんな事も受け入れて、無敵の精神で前向きに過ごしていれば、トライアスロンの神様がほほ笑んでくれる時が来る」。

もともと勝負事は好まず、ジャンケンすら避けたい性格なので、この矢島先生の言葉は私に突き刺さった。後にこの精神が幸運をもたらしてくれるとは思いもしなかったが、何か不本意な事があったとしても「無敵の精神」を貫き通した。


いよいよ大会本番を迎えた日のこと。

幸運の序章は、スタート前の矢島先生の一言。「カトちゃん、今日は絶対いけるよ!なぜならば、さっきカトちゃんの事を考えていたら、僕の頭に鳥のフンが落ちていたから(笑い)」。

その言葉で力を発揮するために大切なリラックスをすることが出来た。

その後、スタッフの女性にも「友里恵ちゃんが誰よりも一番いい表情してる!絶対にいける!」と言われ、スイッチが入った。


スイム、バイクとレースは順調に進み、入賞圏内で最後のランへと移った。そこで私は、結果的に“幸運の女神”となるアメリカのサラ・トゥルー選手と8位争いをすることになった。

サラ選手はロンドン五輪4位、リオ五輪のテストイベントでも4位の実力者だ。対する私は、世界トライアスロンシリーズ最高順位は20位。選手としてのポテンシャルには開きがあった。

しばらく並走が続く中、私は心の中で「絶対に勝ちたい!」と叫んでいたのではない。「サラ、お願いします。勝たせてください」と繰り返していた。

ラスト1キロ、最後のUターンの前に、私は渾身(こんしん)のスパートをかけた。ターン後にサラ選手とがっちり目が合った。そこからは必死でフィニッシュへと駆け込んだ。結果、8位入賞。10秒差でサラ選手が9位だった。

フィニッシュ後、争っていた彼女から衝撃の一言が発せられた。「これでオリンピック決まったんじゃない!? おめでとう!」と。

そう、彼女はすでにアメリカ代表としてオリンピックが内定していたのだ。「あなたの気持ちが伝わった」と言われ、“無敵”の精神がつながる瞬間を感じた。

実力に勝る8位入賞。そこには、無敵の精神、感謝の気持ち、自分の決めたことを成し遂げる力が重なり合い、最高の結果となって表れた。


左から筆者、佐藤優香選手、サラ選手、現在世界トップのケイティ・ザフィアエス選手
左から筆者、佐藤優香選手、サラ選手、現在世界トップのケイティ・ザフィアエス選手

目標を達成するために、私の方法が絶対正しいというわけではない。ただ、実力と共に、幸運を引き寄せるために「無敵の精神」はオススメである。

いよいよ今週末15日に、ワールドトライアスロンシリーズ横浜大会が開催される。東京五輪を目指す選手にとっては最も大切な大会だ。

この一世一代の大勝負に、それぞれがやってきた事を一番いい状態で披露してほしいと思う。この時代、この時に感謝をし、未来へつながるレースを期待している。

(加藤友里恵=リオデジャネイロ五輪トライアスロン代表)