B1秋田ノーザンハピネッツの長谷川暢(のぼる=27)は、涙を抑えきれなかった。5日の今季最終戦で千葉ジェッツに2度の延長の末、93-88で勝利すると、チームシャツで顔を覆った。涙の理由は23日、クラブから明かされた。
B1茨城ロボッツへ移籍する。能代工(現・能代科学技術)出身で、早大4年時の18-19年シーズンに特別指定選手として秋田に入団。プロでは6季を過ごし、選手として大きく成長させてくれた秋田を離れる。クラブを通じて「6シーズンという短い間でしたが日本一のブースターさんとともに最後まで戦い続けられたことを本当にうれしく思います。皆さんには県民の孫として、わげしゅう(若者)として本当に成長させてもらいました」とお国言葉を交えてコメント。来季はピンクのユニホームを着ないこと、CNAアリーナでホーム戦を戦えないこと、今季のメンバーとの試合が最後であることを思って、あふれた涙だった。
今季は「個人的には苦しかったシーズン」だった。得点力と勢いあるプレーを買われた2番(シューティングガード)としての起用と、チーム状況から1番(PG)での起用があり、「2番だとプレータイムが減るというのも自分の中で分かっていた。1番(PG)ができなかったらプレータイムがもらえないという印象でした」。自身の役割にもがいたシーズンだった。
自己評価は「PGの仕事をあまりできなかった。僕がしっかりPGをできれば(熊谷)航のことをヘルプもできただろうし、言ったらチャンピオンシップ(CS)に行けたと思っています」と厳しい。30勝30敗で東地区5位。CS出場ラインとは5ゲームの差があった。シーズン終盤でこそ、持ち味の得点力を発揮できるようになったが「それがちょっと遅すぎた」と悔やんだ。PGとしても自分らしく。それが来季の課題だ。
5日のMIP(最も印象に残った選手)賞に選ばれたインタビューでは、目元に浮かぶ寂しさを必死に拭い、ブースターの前に立った。チーム唯一の全60試合出場。最終戦で交代出場すると、ひときわ大きな拍手が響いた。苦しい時間帯に敵陣へ切り込めば、声援が背中を押す。最終戦の2度目の延長では、84-85で迎えた残り1分8秒、2本のフリースローを決めて86-85と逆転。決めるたび沸く大歓声にアリーナが揺れた。「30試合で拍手をもらって、アウェーでも秋田の方々に見てもらって…」。自身の役割に悩む中でも、ずっと支えられてきた。「秋田のCNAアリーナというのは本当に特別なもの。いっぱい声をかけてくれたブースターの人たちに本当に感謝したい」。降り注いだ万雷の拍手は、新天地へのはなむけのようだった。
来季は茨城で、得点力と勢い、そして秋田で見せ続けた激しいディフェンスを武器に、秋田の脅威となる。それが恩返しになる。【濱本神威】(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「We Love Sports」)



