羽生結弦(21=ANA)は別世界にいた-。男子フリーで219・48点を出し、ショートプログラム(SP)に続いて世界歴代最高を更新、合計も8点以上更新する330・43点で男子初の3連覇を遂げた。長く破られないと予想された、2週前のNHK杯(長野)でマークした322・40点という驚異的な記録を、次戦であっさり踏破。世界に衝撃を与え続け、24日開幕の全日本選手権(札幌)に進む。

 世界の先頭を行く男にしか味わえない重圧の先に、羽生は泣いた。得点が表示されて場内が興奮の渦に包まれる最中、両手で顔を覆った。手のひらに感じたのは、熱い涙。

 羽生 NHK杯は「やったー!」と素直に喜べたんですけど、今回は良かったあ、ホッとしたという安堵(あんど)感があった。重圧のなかで戦ってきたなという安堵感、やっと終わったという感覚があった。

 試合前は「ある」と言わなかった重圧。世界記録が驚異的だっただけに、意識するだけで負担だった。現地入り後も、修正点の指摘に「分からない」と戸惑う姿もあった。

 さらに大トリ6番目の出番を待つ間、歓声が心身をこわばらせた。「自分をすごく追い込んだ」。1番滑走のチャン、そして宇野も会心の演技が続いた。そして同僚で地元のフェルナンデスが自身に続き2人目の200点超えの演技に、心は大きく揺れた。「やべ~な」。負けられない義務感に、感覚的に不調だった練習での記憶が交わる。

 ただ同時に、NHK杯の経験が糧にもなった。その場で「不安なんだな」と自分を把握できた。2週前と同様に、重圧を素直に認めることができた。それが分かれ目だった。開始から45秒後、2本目の4回転ジャンプが決まると「少しホッとして吹っ切れた」。1つ1つの要素に集中し続け、2週前の自分を次々に上回っていく。後半のジャンプは軸の乱れもほぼない。最後はスタンドから30秒以上も手拍子が続くなかでフィニッシュ。これぞ「ドヤ顔」という、自負に満ちた顔で観客席を見回した。

 羽生 世界最高得点の評価もすごくうれしいし、大事ですけど、競技しているのはどれだけ演技を極められるか、1つ1つの要素、表現を極めていけるか、それを発揮できるかが大事。

 優勝会見でそう語った。極めるため、常に模索する。今大会では音響設備が日本に比べて良くないのを感じると、「一番大きくボリュームを上げて」と要求した。太鼓や笛の音を最大限に強め、会場に合わせた。イヤホンは常に10種類持ち歩くほどで、わずかなノイズも逃さない聴力に、曲の編集担当も舌を巻く。特にフリー「SEIMEI」は本人のこだわりで30バージョン以上の編曲を繰り返した作品。極めるには、ただ滑るだけでは不十分。その姿勢が快挙を生む。

 演技から時間を置くと、早くも「ステップを改善したい」と反省点が口をついた。NHK杯では最高難度4だったステップシークエンスが、この日は「3」。極めるには妥協は許さない。「すごいな、感動したなって思える演技をしたい」。求道者として、覇道は続いていく。【阿部健吾】