プレーバック日刊スポーツ! 過去の12月29日付紙面を振り返ります。1998年のスポーツ面では、高校バスケットで田臥勇太を擁する能代工が「高校9冠」を達成したことを報じました。

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<バスケットボール:全国高校選抜>◇28日◇東京体育館◇男子決勝、3位決定戦◇観衆8344人

 田臥(たぶせ)勇太(18=能代工3年)が前人未到の9冠を達成した。男子決勝は能代工(秋田)が98-76で市船橋(千葉)を下し、田臥が入学した1996年(平8)度以来、3年連続で高校3大タイトルを独占した。高校相手の公式戦では150連勝、能代工の全国大会優勝も50度目という区切りの栄冠となった。田臥は今大会自己最多の37得点で高校公式戦を終了。全日本総合選手権(来年1月2日開幕)を経て海外留学へ向けた準備に入る。

 9冠を締めくくるシュートは、やはり田臥の手から放たれた。能代工の98点目を決めた直後、試合終了のブザーが鳴った。

「ほっとしました」。試合後、やっと田臥が“素顔”を見せた。今大会を通じてクールな表情を崩さなかった。だが高校生活最後の優勝を決めたことで、ようやく緊張が和らいだ。「記録がかかっていることは気にしなかった。一つ一つ勝とうと思っていただけ」と言うが、決勝の気迫は、これまでとはまったく違っていた。

 序盤からトリッキーなパスとドリブルで相手DFをほんろうした。3連続シュート成功など、次々とボールをネットに沈めた。開始10分で12得点。大声で指示を出すことはしない。だが主将として、最高学年として、プレーでチームを引っ張っていった。計37得点は今大会自己最多だった。

 「ミラクル田臥ですよ。調子を崩していたのに、最後は締めてくれた」と加藤三彦監督(36)も、手放しでたたえた。同学年の菊地、若月とともに、1年から能代工の黄金時代を築いてきた。96年6月の東北大会で仙台に敗れて以来、高校生相手には通算150連勝を達成した。田臥は「能代工で学んだことは、一人では何もできないということ。素晴らしい仲間だった」とチームメートに感謝した。史上初の特別推薦で出場する来年の全日本総合選手権(1月2日開幕)が、能代工での最後の大会となる。

 すでに家族との話し合いでは、田臥は米国挑戦の意思を伝えている。具体的に進路は決まっていないが、米大学は9月スタートのため、まずは語学学校で英語を勉強して入学に備えることになりそうだ。「高校の間にいろんな国へ行った。米国だけでなく、世界にはいろんなバスケットがあることを知った」。田臥の目は世界へ向いている。新たな挑戦が、ここから始まる。

◇母も偉業に感激

田臥の母節子さん(46)も息子の雄姿に「風邪気味と聞いていたので心配していましたが、精いっぱい力を出せたのでは」と笑顔で話した。中学卒業後に神奈川の実家を離れ、全国屈指の強豪校で武者修行した息子が名前(勇太)のように「勇ましく、たくましく」成長した姿に感激していた。米国留学が有力視される進路については「若いんだから、どこまでできるかチャレンジしてみるのもいいのかもしれませんね」と本人の意思を尊重する意向だ。

 ◆9冠 夏のインターハイ、秋の国体、冬の選抜バスケットを「3冠」と呼ぶ。能代工は田臥の入学した1996年(平8)以来、この3タイトルを独占しており、今大会で連続9冠目となる。

<田臥勇太(たぶせ・ゆうた)メモ>

 ◆生まれ、サイズ 1980年(昭55)10月5日、横浜市生まれ。173センチ、68キロ。小学校2年の時、ミニバスケットをしていた姉の影響を受けバスケットを始める。

 ◆中学時代からマスコミの注目 中学時代から天性の素質を開花させる。横浜市大道中3年では全国ベスト4に入った。小柄ながらスピーディーなプレーはマスコミの注目を浴び、NBAのパトリック・ユーイングとCMで共演。

 ◆全日本代表候補選出 今春、全日本代表候補に選ばれた。高校生としては初となる世界選手権代表を目指した。惜しくも最終選考で落選したが、全日本の小浜監督は、「スピード能力など才能は抜群」と、来年のシドニー五輪予選での正式代表入りを示唆している。

※記録と表記は当時のもの