体操男子で五輪2連覇の内村航平(33=ジョイカル)が現役引退を決意した。11日に発表された。

近年は両肩痛に苦しみ、21年2月からは種目別の鉄棒に専念。4度目の五輪となった東京五輪では落下が響き、予選落ちしていた。日刊スポーツでは20年7月、本来であれば東京五輪が開催されるはずだった期間に合わせ、連載「幻の夏」を掲載した。

20年7月27日、団体総合決勝が行われる日。ケガの影響で苦渋の決断から断念した団体総合に、何を懸けていたのか。悲願を達成したリオデジャネイロでの団体の金メダルとは異なる、母国五輪だからこその真意があった。

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内村は、超越していた。

19年1月、都内のナショナルトレーニングセンターの練習場。つり輪の演技を何度も実演していた。「僕はこんな感覚でやってます」。それを見つめる日本代表候補の若手らの姿。

繰り返したのは「後方伸腕伸身逆上がり中水平(※イラスト参照)」。腕と脚を伸ばし後方に回転し、そのまま地面に水平で制止する技。F難度の得点源で、疲労がない演技冒頭に組み込む選手が多い。視線の向き、力の入れ具合、選手ならではの感覚を、丁寧に言葉に落とし込み、包み隠さずに伝えていった。

ただ、本来、これはありえない。コーチではない。技術を他選手に教える義務はない。伝授した相手は、普段から一緒に練習する仲間とはいえ、同時にライバルでもある。東京五輪の団体総合の代表枠は4人。争うことを考えれば、「包み隠す」ことが当たり前だろう。ただ、違った。「キング」は富をためらいもなく、配分した。

そもそも、この中水平は、筋力的に日本に勝る欧米勢、とくにロシアが得意とする。体を水平に保つには、パワーが必須に見える。日本人は体が斜めになり、技の正確性を示すEスコアでの減点につながりがち。「ロシア勢はなぜみな同じように水平に保てるのか?」。その謎を解明したのは、内村に専属で付く佐藤コーチだった。ロシア出身のコーチに何時間も食らいつき、秘密を聞き出した。目線を下にし、力で姿勢を支えずにシーソーの原理のように動かす。運動の理があった。筋力は関係ない。衝撃の謎解きだった。

内村は実践し、そして手応えがあった。そして、水鳥・男子強化本部長に、そのこつの共有を願われると、ためらわず首を縦に振った。「伝えないで終わるより、やってみてだめだったらやめればいいし、合う選手は絶対にいるから」。しかし、なぜ? 

「僕個人で勝つより、団体で勝つ方が競技の普及につながる」。リオデジャネイロ五輪で団体で頂点に立ったが、マイナー競技はマイナーなままだった。愛する体操のメジャー化への最大の起爆剤は、「東京五輪団体優勝メンバー」が存在すること、1人ではなく。そこには「我」を超えた視座があった。

20年6月26日、種目別の鉄棒に絞ることを発表した。苦しむ両肩痛は、こだわり続けた団体での「インパクト」を奪った。ただ、配分された富は、その技術を使うかを問わず、各選手に覚悟と使命感を植え付けただろう。東京五輪、2度目の1年前となった23日、内村は言った。「自分1人で何もできなかった。仲間に助けられた」。それは、内村を囲む仲間のせりふでもある。【阿部健吾】