最重量級ではない78キロ級の梅木真美(28=ALSOK)が初優勝した。
決勝で78キロ超級の児玉ひかる(24=SBC湘南美容クリニック)に、横四方固めで一本勝ち。登録体重110キロの相手に、自身は減量なしの82、83キロという対峙(たいじ)し、約30キロの劣勢を巧みな組み手と積極性ではね返した。
序盤に大内刈りで有効を取られる展開となったが、攻めて攻めて指導2つを奪い返し、さらに仕掛ける。大外刈りで崩し、左腕を極めながら寝技に持ち込む。試合時間ジャスト3分、逆転制覇のブザーを聞いた。
5回目の出場にして初の頂点。その瞬間、喜ぶそぶりはなく「実感がなくて…『あ、優勝かぁ』みたいな感じでした」と笑った。過去は準々決勝が最高。一気に3つの壁を破り「女子柔道の日本一を決める大会。所属やお世話になっている方々に恩返しがしたかったし、大会パンフレットで(歴代優勝者の写真を)見ていたので、いつか手元に置きたかった」と皇后杯を頭上へ持ち上げた。
昨年は、児玉に準々決勝で敗れていた。受け過ぎた結果、支え釣り込み足で有効を奪われ、さらに崩れげさ固めで一本負けした。反省を胸に「指導を取れそうなところや、ポイントを取った後に寝技へ行く『際(きわ)』のところを突き止めてきた」。この日も有効を先取されたが「時間があったので、焦りはなかった」。ベテランらしい試合運びで、寝技でやり返し、リベンジした。
環太平洋時代、今は亡き古賀稔彦総監督に師事。20歳で15年の世界選手権アスタナ大会(カザフスタン)を制した。翌16年のリオデジャネイロ五輪(オリンピック)にも出場。結果は初戦敗退だった。
柔道をやめたくなった。
だが、どん底から1段ずつはい上がり、一昨年の世界選手権ブダペスト大会(ハンガリー)で銅メダル。昨年はグランドスラム(GS)ウランバートル大会(モンゴル)やアジア選手権(カザフスタン)で表彰台の一番上に立った。
一方で昨年12月のGS東京や今年4月の全日本選抜体重別選手権(福岡)で3位。波があった中で一気に体重無差別の女王になり、両親も喜ばせた。地元の大分で「豊後牛」を育てる畜産農家の両親が準決勝まで観客席で応援。夕方の決勝は「牛たちのもとへ帰りました(笑い)」と搭乗時間に合わせて離れていたが「牛たちのお世話があるので泊まりはできないけど、いつも日帰りで応援に来てくれる」と感謝。初めて準々決勝を突破した姿を見せ、ファイナルも勝った。朗報は関係者を通じてすぐ届けられた。
2度目の五輪となる24年パリ大会を、諦めてはいない。同じ階級には21年東京五輪金メダルの浜田尚里(32=自衛隊)がいる。昨冬GS東京の準々決勝でも直接対決で敗れた。
来月の世界選手権(ドーハ)代表も浜田。パリへの道は先行されているが「立場的には厳しくても、少しでも可能性があるのであれば、最後までしがみついていきたい」と覇気は衰えない。
金野潤強化委員長からも「この結果は間違いなく自階級へプラスになる。いいきっかけになれば」と期待された。最も権威ある大会を制した自信が、夢の輪郭を色濃くする。【木下淳】


