13日の阪神-ヤクルト1回戦(甲子園)で、プロ20年目の阪神福留孝介外野手(40)が日米通算300号本塁打を放ちました。試合には敗れましたが、9回裏に2点差を追いつく同点弾でした。中日から大リーグのカブス、インディアンス、ホワイトソックス、そして阪神と、日米を股にかけて達成した大記録。歴代担当記者が「とっておきメモ」をつづります。
日本球界復帰を決めた6年前、福留の決意を耳にした人がいる。福留が中日時代から打撃の師匠として仰ぐ佐々木恭介氏(68)だ。2012年12月。最後に残った選択肢はDeNAと阪神だった。「そりゃ横浜やろ。阪神なんか来てみろよ。お前がたたかれるとこなんか見たくないよ」。人気球団ゆえの重圧を心配した佐々木氏に、福留はこう答えたという。
「最後、自分の野球人生を阪神に懸けて、阪神を強くできたらいいし、針のむしろになるかもしれんけど、そうなればそうなったで、なにくそと思ってやります」
常に厳しい環境に身を置いてきた。鹿児島の大隅半島からPL学園に入学した。日本球界で確固たる地位を築きながらも海を渡った。「少々のことじゃ打ち砕かれない。打ち砕かれても、表に出さない。芯の強さ。それを表したのが阪神を決めたという選択」(佐々木氏)。険しい道の道中で積み上げた日米通算300号。その数字には価値がある。【前阪神担当=桝井聡】





