今から約10年前。ナゴヤドームで行われた中日井上一樹外野手の引退試合に居合わせた。相手チームは阪神だった。試合後は両チーム関係者、ファンに見守られて引退セレモニーが行われた。主役に特大の花束を渡したのは現役時代の矢野監督。プロ入り当時から兄貴分として慕う「テル兄(にい)」の顔を見ると、歯を食いしばったが、こらえ切れなかった。

中日から阪神へと担当球団が変わり、今季から矢野阪神を取材することになった。矢野監督が就任時からテーマに掲げていた言葉。「誰かを喜ばす」-。この言葉を聞いて真っ先に浮かんだのが、井上氏の顔だった。「俺と出会って良かったなと思ってほしいし、どんな人でも楽しませたい」。現役時代から楽しませる、喜ばすことは大事なんだと何度も聞いた。

「もう1度、何かの形で一緒に野球がしたい」。井上氏の願いはタテジマのユニホームで現実になった。野球だけではない。離れていても、時間がたっても2人の人生哲学がブレることはなかった。秋季キャンプから本格的に始まるタッグを楽しみにしている。【阪神担当=桝井聡】