再び「HEIAN」のユニホームに袖を通したOBが、甲子園出場を後押しした。

5年ぶりに秋の京都大会で優勝した龍谷大平安は、全5試合で0失策と堅守が光った。今春から指揮を執る元オリックス川口知哉監督(46)が掲げる「守備から試合を作る」ゲームを展開。球場の隅で喜びをかみしめていたのは川口監督の右腕、具志賢三コーチ(44)だった。

今春、母校の守備や打撃向上を託され就任した具志コーチは、川口監督が重視したチーム内でのコミュニケーション向上にも一役買った。野球部寮で寝食を共にする選手によれば「具志さんは僕たちよりも元気で明るい」という性格で熱血漢。今夏の京都4回戦敗退後には人目をはばからず選手と一緒に号泣したという。今秋は就任後初の優勝。「ほんまにうれしいです」と表彰式を終えて行進するナインに両手を振った。

全国最多の甲子園出場回数を誇る同校。具志コーチ自身、栄光に彩られた歴史の中で輝いた1人でもある。1年夏の97年には背番号15を与えられ、エースの川口監督とともに甲子園で準優勝。「あの頃は必死でしたね。数カ月前まで中学生だったのに甲子園練習であの場にいて…」。

母校での学びが、野球人として支えになった。「おかげでどんなことにも動じなかったり、誰もが経験できないこと、それを教わったから社会人まで野球ができた」。厳しい練習でリーダーシップを磨き上げ、平安、立命大、そしてホンダ鈴鹿の硬式野球部で主将を勤め上げた。

優勝後、川口監督は各指導者への感謝を口にした。「みんなで助け合って1人1人に丁寧に教えている。成果として出ています。指導者側もうまく選手を導いてくれた」。具志コーチの打撃指導スタイルは「その選手に合ったスイングを見いだす」。左打者だった具志コーチは社会人の硬式野球から軟式野球に移行後、「新しいことを取り入れたい」と右打者を経験した。

現役引退後は社業を務める傍ら母校での指導を夢見て、コーチとして三重県内の少年野球チームで修業を積んだ。指導のアプローチのほか、現代の子どもたちへの理解も深めた。

「球際の弱さや送球が課題だった」と話す二塁手の猪飼悠大内野手(2年)は約半年で成長を実感。今秋の決勝戦では同点の9回無死一塁で遊撃手と併殺プレーを完成し、延長11回に殊勲打を放ち攻守にわたり活躍。猪飼は「具志コーチが来てから自分の守備が良くなった」と感謝する。

立命大時代の仲間は指導者として聖地に足を踏み入れている。1年先輩の報徳学園・大角健二監督(45)、同期の明豊・川崎絢平監督(43)、2年後輩の立命館宇治・里井祥吾監督(42)に刺激を受けていた具志コーチ。就任1年目の秋、25日開幕の近畿大会で同校3年ぶりのセンバツ出場、そして自身にとっても久方ぶりの甲子園を目指す。【中島麗】

優勝した龍谷大平安ナインに、両手を振って健闘をたたえた同校の具志コーチ(撮影・中島麗)
優勝した龍谷大平安ナインに、両手を振って健闘をたたえた同校の具志コーチ(撮影・中島麗)