夏の甲子園が終わった。仙台育英(宮城)が下関国際(山口)を下して東北勢初優勝を飾った。3年ぶりに一般客入場で行われ、数々のドラマがあった。日刊スポーツでは「夏の甲子園 舞台ウラ」と題して、知られざるサイドストーリーを連載する。第1回は新型コロナウイルス集団感染で出場危機にさらされた、県岐阜商のアルプス席で見た光景にスポットを当てる。

晴れの舞台に立つはずだった息子は、そこにはいなかった。新型コロナウイルス集団感染で苦しむ県岐阜商はメンバーを10人入れ替えて出場にこぎ着けた。8月9日の社(兵庫)戦前、小西智也さん(46)は無念を胸の内に秘め、濃緑の芝生を見ながら言った。「同じ気持ちで迎えたくてね。それで今日、甲子園に来たんです」。ダブルエースで鳴らす小西彩翔(あやと)投手(3年)の父だった。

激戦の岐阜大会を勝ち抜いて、あこがれの舞台に歩を進めていた。暗転したのは開幕目前の3日夜だ。体調不良者が続出し、感染が広がった。父に彩翔から連絡が来た。「陽性やった。確定した。残念やけど、信じるしかない」。彩翔は昨夏の甲子園に出場。明徳義塾(高知)戦でサヨナラ打を浴びていた。雪辱するチャンスが不意に消えた。胸中を察した父は言った。

「俺も悔しい。残念だけど、みんなが何とかしてくれるだろう」

彩翔は岐阜の自宅で静養した。無症状だった。自室でシャドー投球など、できることをやった。鍛治舎巧監督(71)にもメールを送った。「自分はいつでもいけます。テレビの前で一生懸命、応援します」。2回戦からの復帰を期したが、初回から防戦一方で完敗した。その日、父は彩翔に「ありがとう」とねぎらいのLINEを送った。

こう返ってきた。「高井や高橋、2人がいい顔をして勝つつもりでやってくれた。うれしかった」。高井咲来外野手は2安打。高橋一瑛外野手は左前打とダイブ捕球。入れ替え登録された2年生だった。後輩の活躍を喜ぶ姿があった。父は言う。「あの子が前向きで、意外でした。心打たれた。野球を通して、人間として必要なことを3年間で学んできたと感じました」。彩翔は回復し、後輩たちと練習する。夢はプロ野球選手。いつか甲子園のマウンドへ。父と息子の新しい約束ができた。【酒井俊作】