高校日本代表は9月に沖縄で行われたU18W杯で大会2連覇に挑むも、決勝で米国に敗れ準優勝に終わった。
8月28日の合宿初日から9月14日の決勝まで18日間、日本代表の舞台裏を全3回で振り返る。最終回は、この大会を最後に指導者としての引退を表明していた小倉全由監督(68)。最後のユニホームで選手たちに託した思いは-。
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30度超の暑さが残る9月下旬。小倉監督は千葉・九十九里の自宅にいた。ジャージー姿で広い庭の草刈りに精を出していた。「え? 自分はもうユニホームは着ないですよ。準優勝だったけどアメリカに一度は勝てた。それで十分かな」。アハハと笑った。
2度目の代表監督。「打てるチームを作りたいと思いながらも、世界と勝負するために足も絡める機動力野球を目指した。そのために、春の合宿でも『バント、セーフティー、スクイズの練習をしておいてくれ』と解散したんです」。小技が得意な岡部飛雄馬内野手(3年=敦賀気比)坂本慎太郎投手(3年=関東第一)がカギを握った。
象徴がスーパーラウンド初戦のアメリカ戦だった。1-1で迎えた延長8回タイブレーク。先頭の坂本が2ストライクに追い込まれてからファウルで6球粘り12球目で四球を選んだ。「これが大きかった。初戦のイタリア戦では打撃があっさりしていた。その後、ずっと『2ストライクに追い込まれたら、右バッターは一塁ベンチに、左バッターは三塁ベンチに向かって打つくらい引きつけて打たないと、変化球についていけない。それくらいしつこさがないとダメだよ』と言っていた。それを見事に体現してくれた」と小倉監督。無死満塁とし、岡部の勝ち越しの3点適時二塁打などで5得点を挙げ勝利した。
続くパナマ戦でも延長タイブレーク、9回1死満塁から岡部のサヨナラスクイズで勝利をもぎとった。「岡部だったから、スクイズのサインを出した。岡部ならやってくれると信じていましたから」。長打も打てるが、それ以上に小技を決める確率の高さを選んだ。期待通りだった。「お前のスクイズの構え、タイミング。抜群だよ」とねぎらった。「日大三の監督だったら打てのサインを出したと思いますよ」と笑う。代表監督でさまざまな特徴のある選手をそろえ、小倉采配もその幅を広げていた。
メダル以上に誇らしかったこともある。優勝が決まった瞬間、ベンチから飛び出した米国の選手たちはペットボトルの水を掛け合いながら喜んだ。そのペットボトルがグラウンドに散らばったまま整列。それを見た日本チームは、誰からともなく「拾っていこうよ」と、全員で拾い始めた。「実はね、自分はアメリカが散らかしたんだから『そこまでしなくていいよ!』って言ったんです。でも拾ってくれた。それが当たり前にできる高校生だったんですね」。高校野球の素晴らしさを世界に見せてくれた。球場には大きな拍手が湧き上がった。
試合後のミーティングでは、選手たちに優しく語りかけた。「負けて、アメリカのはしゃぎようを見たら、悔しいだろ? でも、負けは負けなんだ。でもな、負けてそのままで終わったら人生終わりだぞ。負けた悔しさをもって、次は強くなる。負けたままなら、勝負にならないよ。この悔しさを力に変えなきゃダメだ」。大学、社会人、そしてプロ野球へ。これからの野球人生にエールを送った。
小倉監督の部屋には選手たちからプレゼントされた寄せ書きが飾られていた。「ワールドカップのユニホームを着せてもらえて、監督をやらせてもらった。こんな幸せな男はいませんよ」。庭に大きく花開いたハイビスカスが、秋の風に優しく揺れた。【保坂淑子】(この項おわり)

