日刊スポーツの名物編集委員、寺尾博和が幅広く語るコラム「寺尾で候」を随時お届けします。
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名護の夜空に花火が打ち上がるとは思わなかったが、それが“新庄流”で演出されたキャンプインの合図だった。疫病退散、無事への祈りを込めたのかもしれないと妙に感心したものだ。
その光景を見ながらビッグボスが泣いていた。新監督との会話は「あれは本物の涙だったのですか?」と意地悪な問いかけから始まった。「これまでの人生を振り返るとこみ上げてしまったんです」。
今春キャンプは日本ハムが話題を独占した。廃棄するグラブを縫い付けたロングコートで沖縄入りしたかと思えば、三輪バイク、ランボルギーニで球場に現れ、多彩な臨時コーチを招請するなどにぎやかだった。
派手なパフォーマンスのオンパレード。既成概念からかけ離れた一挙手一投足に注目が集まった。スポーツニュースは打ち上げまで連日トップで報じられるキャンプになった。
それはひょっとすると監督だけがはしゃいで終わったかのように誤解されかねない。そこで、ビッグボスがメディアに見せることのなかった「新庄劇場」の舞台裏の一コマを書き留めたくなった。
キャンプ休日のメイン球場はコロナ禍の影響もあって、ファン、マスコミが寄りつけない無人状態。人影のないグラウンドにノックバットを手にやって来たのが、だれあろうビッグボスだった。
実は、キャンプ休日を返上し、ノックの集中練習に精を出していたのだ。本来は監督が動くところに球団関係者が付き添うものだが、そこはせっかくの休日だからというボスの気遣いだろう。
たった1人でノックを打ち続け、たった1人で球拾いを繰り返した。「トスを上げるコツをつかむのは難しいです」。あるときは長嶋茂雄がボールを左手で上げて打つミスター流の映像をまねては真剣に取り組んだ。
ブランクどころか、バリ島では野球と無縁の暮らしをしていた。キャンプで守備、走塁に重点を置いたのは「点を与えなければ負けない」という考えからだ。監督の身になってノッカーを演じる場面も出てくる自負に駆られたのだろう。
早起きし、ジャージー姿で、だれに声を掛けることなく宿舎の部屋を出た。普段のように話題をふりまく笑顔はない。「努力は人に見せるものじゃない」。休日返上で監督業を極めるための地道な秘密練習は、派手さだけではない知られざる裏の“顔”だった。
開幕が3月下旬では、まだ札幌の花もつぼみだろう。ただこの破天荒なリーダーの本気度が伝われば、サクラ前線が北上するかのように、ペナントレースの“桜坂”を駆け上がる足がかりになるのかもしれない。(敬称略)



