ロバはいつも穏やかな目をしているが、その大きな瞳は、まるですべてを見透かしているようだ。
ポーランド出身の才人、イエジー・スコリモフスキ監督が7年ぶりに撮った「EO イーオー」(5日公開)の主人公はロバだ。
心優しい女性カサンドラ(サンドラ・ジマルスカ)のパートナーとしてサーカス団で暮らしていたロバのEOは、動物愛護運動の高まりから、皮肉にも最愛のカサンドラと引き離されることになる。彼女に会いたい一心で移送先の牧場を抜け出したEOは、放浪の旅先で、サッカーチームのペットになったり、影のある司祭や奔放な伯爵夫人と出会うが…。
時にもてはやされ、虐待されながら、実はEOの憂いを帯びた瞳に大きな変化はなかったと、後から気付かされる。人間側が自分の心境を投影して、ロバに勝手に同情したり、腹を立てているだけなのだ、と。
スコリモフスキ監督は、そんなロバを映し鏡のように使って、司祭役のロレンツォ・ズルゾロや伯爵夫人役のイザベル・ユベールといった演技巧者の喜怒哀楽をきわだてる。ロバの視点から垣間見える人間のもろさや愚かさが浮かび上がる。
演出は徹底的にロバに寄り添っている。監督は「地面に放置されたケーブルがきっとヘビにみえるのでしょう。まったく無害なはずなのに、いきなり大きな障害になることがあった一方で、巨大なダムから噴き出す滝など、怖がると思っていたものがまったく問題にならないこともありました」と振り返る。
森に迷い込んだEOが地面を見る不安な視線や、雄大なダム放流を前にして平然とたたずむ姿が印象的だ。縦横のカメラワークはそんな場面を絵画のように切り取っていく。
EOの旅はいったいどこに向かっているのか。人それぞれにその見え方は違うのではないかと思う。
スコリモフスキ監督は数ある映画の中で、「バルタザールどこへ行く」(66年、ロベール・ブレッソン監督)を唯一涙を流した作品として挙げ、この映画にインスパイアされて今作を撮ったと明かしている。「バルタザールー」のロバが文字通り悲劇の主人公であったのに比べると、今回のロバの旅はまるで思春期の自分探しのように見える。
20代でロマン・ポランスキー監督の「水の中のナイフ」の脚本を書いた早熟のスコリモフスキ監督が、80代半ばを迎えた今もみずみずしい感性を持ち続けていることに改めて驚かされる。【相原斎】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「映画な生活」)




