今年もいよいよ24日に第91回アカデミー賞授賞式が開催されますが、最多10部門にノミネートされているのは、動画配信サービス大手ネットフリックスが製作した「ROMA/ローマ」です。作品賞やアルフォンソ・キュアロン監督の監督賞、ヤリッツァ・アパリシオの主演女優賞などの他、外国語作品賞にもノミネートされており、日本からノミネートされている「万引き家族」にとっては強力なライバルとなっていますが、受賞すれば動画配信作品としては初の快挙となるだけに大きな注目が集まっています。一方で、動画配信サービスの作品は劇場公開とほぼ同時または劇場公開を経ずに全世界に配信されるため、業界内ではアカデミー賞の選考対象とするべきかどうか賛否両論が毎年起きており、賞の行方を関係者は固唾(かたず)をのんで見守っています。

ここ数年はネットフリックスやアマゾンを筆頭とする動画配信サービスの台頭が目覚ましく、ハリウッドのみならず世界各国の映画賞でも対応に追われています。世界3大映画祭の一つカンヌ国際映画祭では、「仏国内で劇場上映されない作品はコンペティションの対象から外す」という新ルールを設け、ネットフリックス作品は全てコンペティション部門から排除されたことで、「ROMA/ローマ」はコンペ部門には選ばれませんでした。しかし一方で、ベネチア国際映画祭では最高賞にあたる金獅子賞に輝き、同じくネットフリックス作品の「バスター・スクラッグスのバラード」も脚本賞を受賞するなど、ネットフリックスの躍進ぶりが話題となりました。ハリウッドの映画業界もこうした背景に危機感を募らせており、スティーブン・スピルバーグ監督は過去のインタビューで、「もし良い作品ならエミー賞をとるべきで、オスカーではない」とコメントし、映画界で最も権威のあるオスカーではなく、テレビ界のアカデミー賞とされるエミー賞の対象とすべきだとの見解を示しています。アカデミー賞の候補となるためには、「ロサンゼルス郡内にある劇場で連続7日以上上映されること。劇場公開前にテレビ放送、ネット配信、ビデオ発売がされていないこと」の2点が条件で、動画配信作品はその条件をクリアにするためにロサンゼルスやニューヨークなどの数カ所の劇場で1週間劇場公開をした後すぐに動画配信されるのが実情です。「ROMA/ローマ」の場合は、ネット配信の3週間前となる昨年11月21日におよそ100館で劇場公開されたことでこの条件はクリアしていますが、通常の作品は劇場公開からネット配信まで90日間ほどが慣例となっているため、劇場側からも批判の声が出ており、アカデミー賞授賞式前にノミネート作品を一挙まとめて再上映している大手AMCが、「ROMA/ローマ」の上映を拒否したことも明らかになっています。

ハリウッドのメジャースタジオの多くはアメコミヒーロー映画や大ヒット作の続編、人気スターによるアクションなどに巨額の資金を投入する一方で、興行収入が見込めない上質なドラマや社会派作品は資金集めに苦労する傾向があり、多くのクリエーターが潤沢な資金力を持つ動画配信サイトに流れていくという現実もあります。実際に1970年代のメキシコを舞台にキュアロン監督自身の幼少期の体験を交えて中流階級の家庭で働く家政婦の1年間をモノクロ映像で追う「ROMA/ローマ」のような地味な作品をメジャースタジオが製作することはほとんどなく、近年アカデミー賞を受賞しているのはインディペンデント系作品が多いのもそのためです。今年は「ROMA/ローマ」が候補入りしたことで配信サービスの作品にも門戸が開かれただけでなく、「ブラックパンサー」がアメコミ作品としては史上初めて作品賞にノミネートされるなど、多様性が求められるアカデミー賞において大きな変化が起きているようにも感じます。主人公は普通の家政婦で、出演する俳優も全員が無名、言語も現地で使われているスペイン語という異色の動画配信映画「ROMA/ローマ」がオスカーを手にすれば、ハリウッド映画の今後にも大きな影響を及ぼすことになるでしょう。

【千歳香奈子】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「ハリウッド直送便」)