第166回直木賞を受賞した作家今村翔吾さん(37)の時代小説「塞王の楯」は、武将ではなく石垣作り穴太衆(あのうしゅう)の職人・匡介が主人公だ。「絶対に破られない石垣」を作ることで、戦のない世の中を目指す。その前に立ちはだかるのが「どんな城も落とす砲」の恐怖で戦のない世を目指す、鉄砲作り国友衆の彦九郎だ。ロシアがウクライナに軍事侵攻して世界中が騒然とする中、平和をテーマにした異色の時代小説について、今村さんに聞いた。【小谷野俊哉】

★きっかけは自衛隊機への照射

「塞王の楯」は、集英社の月刊小説誌「小説すばる」に19年8月号から21年8月号まで連載された。

「ずっと毎月書いていた。コロナになった世の中に並行して、原稿にしていきました」

「塞王」は戦国時代の石垣作りが生業の穴太衆が信奉している道祖神「塞の神」。主人公の匡介は、越前一乗谷落城の際に家族を失い、穴太衆・飛田屋の頭の源斎に助けられ後継者となる。「決して落ちない城の石垣を作り、戦と関わりのない民を守り、世の戦を絶えさせる」と言う。

執筆のきっかけは18年12月に起きた韓国海軍駆逐艦による、自衛隊機に対するレーダー照射問題だった。

「戦争がそのまま始まるんじゃないかという恐怖みたいなものを感じていました。ニュースの中で専守防衛であるとか、抑止力であるとかっていう言葉が、すごく頻繁に出るようになった。その時に、戦争ってなぜ、どういう風に始まっていったのかと考えました。戦争が愚かだとか、平和は大切だとか言う割には、歴史を見渡したら、人間は何度も何度も同じように戦争をやっている。その一方で、これほどまでに争ってきているのに、ギリギリのところで人間は滅んでいない。人間は何度も戦争を起こす愚かな生き物だけど、戦争を終わらせてきた強い意志みたいなものを感じた。このことに迫れる小説を書きたいなと思ったのが、きっかけですね」

舞台となる時代は豊臣秀吉から徳川家康へと天下が動く戦国時代。なのに、武将ではなく石積み職人が主人公だ。

「石積み職人が主人公って多分、歴史小説史上初めて。最初、集英社にこの話を書くって言った時には『大丈夫?』みたいな感じが(笑い)。武将と一緒になって『この城を建てる!』みたいな物語とは違いますからね。ただ、こういうイメージが出てきてるんだと説明したら、すごくいいですねってなったんです」

池波正太郎、司馬遼太郎、藤沢周平、笹沢左保ら、大きな足跡をしるした巨人たちとは全く違う新しいタイプの時代小説家だ。

「歴史小説っていうのは今、大きく変わる転機を迎えていると思う。転機っていうのは一点じゃなくて、ここまで10年、この先10年、この20年ぐらいがおそらく転機になっているだろうと。僕だけに限らず、(同時受賞の)『黒牢城』(米澤穂信著)もそうですけど、新しい歴史小説の形っていうのを模索していく世代が出てきている。僕の場合は、現代に届くテーマみたいなもんが前面にあって、あとは昨今ちょっと恥ずかしいぐらいの熱さみたいな。熱血道みたいなのが、まあ僕の持ち味なのかな」

★昔から歴史オタク

子供の頃から歴史好きで、中学生の時には歴史小説家になることを決めていた。

「なんか、この仕事やらんかったら、めちゃくちゃオタク、歴史オタクって言われてきたでしょうね(笑い)。こんだけ生かせる仕事につけたことはありがたいですよね」

熱い思いで一直線に走ってこられたわけではない。大学卒業後はダンスインストラクター、作曲家、埋蔵文化財調査員と職を変えた。

「ダンスはヒップホップとかジャズとか、いろいろあるんです。僕は高校から始めたんですけど、小学校4、5年から中学3年ぐらいまでが一番伸びる時期。だから僕は全然下手で、プレーヤーとしては2割1分2厘ぐらいの打率です(笑い)。ただ、指導者としては教え子たちの成績はよかったですね」

その後は作曲家。

「一時期ずっと、作曲をやってて、東京でライブとかもやっていました。いわゆるJポップ的なものが多かったですね。ヒップホップとかもやってますし、ラップの曲とかも作りました。原宿でライブをやった時は(レコード会社の)エイベックスの人とかも見に来てくれてましたね。その日に限って緊張しすぎてガチガチミスった(笑い)」

2015年(平27)11月から18年2月までは滋賀県守山市の埋蔵文化財調査員をやりながら、小説家を目指した。

「やっぱり60歳で定年みたいなイメージがあるので、30歳になった時に半分来たなというのを思った。今後の人生を考える、いい年なんでしょうね。埋蔵調査っていうのは元々バイトとかでもやっていたし、技術とか民間資格もあったので。作家を目指すのに、昼間の仕事で飯食うにはという時に、ちょうど募集されていたんです。昼間は発掘調査をして、夕方からずっと執筆みたいな形で、デビューを目指しました。たまたまなんですけど、弥生式土器がたくさん出たんです。今回の小説で土を触るとか、水につけないと粘土層は掘れないとか、細かいことは、そこの時代に学んでますね」

17年3月に「火喰鳥 羽州ぼろ鳶組」でプロの作家としてデビュー。

「食っていけるって思ったのは、デビューから6カ月で思いました。『火喰鳥』シリーズの1作目、2作目、3作目が出たところ。年が明けた18年の2月に埋蔵文化財調査員を辞めたんです。早いですよね。今年は単行本が11冊くらい出ます。全部並行して書いてますから、大変ですよね。頑張って稼いでも、使う間がない(笑い)」

★ダンス講師、作曲も

ダンスインストラクターから作曲家を経て、時代小説家に。「EXILEみたいなやつが時代小説を書いている」とうわさされた。

「なんや、それ。分かりにくい(笑い)。お世話になっている生島企画室会長の生島ヒロシさんから、初めてワイドショーのコメンテーターを務めた時に『立って体操しろ』って言われました。絶対やばいと思ったけど、その場では『はい、分かりました。頑張ります』って言って、後で『出来ませんでした』って謝りました(笑い)」

膨大な執筆量に、次から次へとあふれ出るエネルギッシュな言葉。

「今の時代、そぐわんのかもしれないけど、僕は意外とシンプルな根性論。先人の先生たちは、寝そうになったら立ちながら書いてたとかっていう話も聞く。それに比べりゃ、まあこんなもんかって、まだ思ってますね。司馬遼太郎さんとかって、やっぱりこの業界の巨人なんで。他にも、あの時代は、群雄割拠の時代だった。あの人たちに勝てへんとかっていう論調を聞くけど、ええ加減、誰か倒す気でかかれよっていうのは思っている。やれる、やれへんは別にして、倒す気で行かなあかんと思うし、その結果どうかっていうだけの話。誰かが挑む必要がある」

常に戦をする人物が王道だった時代劇。全く違う視点から新風を吹き込む時代を変える小説家だ。

▼所属事務所「生島企画室」の会長のフリーアナウンサー生島ヒロシ(71)

小説家としてはもちろん超一流ですが、僕がご本人に会ってびっくりしたのは、コメンテーターとしても非凡な才能を持っていることです。レギュラーコメンテーターをつとめるTBS「Nスタ」で、ロシアのウクライナへの軍事侵攻に「始まるのは一瞬、終着させるのがいかに難しいか」と見事なコメントをテンポよく話していました。一番まずいのはダラダラしゃべること。その点、今村さんは心に残るセンテンスを発することが出来ます。書いて良し、しゃべって良し! それが今村さんです。

◆今村翔吾(いまむら・しょうご)

1984年(昭59)6月18日生まれ、京都府木津川市出身。関西大文学部卒業後、ダンスインストラクター、作曲家、埋蔵文化財調査員を経て、17年(平29)「火喰鳥 羽州ぼろ鳶組」で作家デビュー。18年「童神」で角川春樹小説賞。20年「八本目の槍」で吉川英治文学新人賞、野村胡堂文学賞。同年「じんかん」で山田風太郎賞。21年大阪・箕面の「きのしたブックセンター」のオーナーに。TBS系「Nスタ」でコメンテーター。

◆小説「塞王の楯」

幼い頃の落城で家族を失った石工の匡介は「絶対に破られない石垣」を作り、戦いのない世を目指す。一方、鉄砲職人の彦九郎は「どんな城も落とす砲」の恐怖で戦をなくそうとしていた。大津城を舞台に守る匡介、攻める彦九郎がぶつかる。

※2022年3月13日本紙掲載