兄弟デュオ、ビリー・バンバンの兄、菅原孝(すがわら・たかし)さんが11日午後4時34分、肺炎のため都内の病院で亡くなったことが24日、分かった。81歳。所属事務所が発表した。19日に神奈川県内の斎場で、家族、親戚で密葬が執り行われた。喪主は妻けい子(けいこ)さん。お別れの会などは未定。アマチュア時代のビリー・バンバンのメンバーだったせんだみつお(78)が日刊スポーツの取材に応じ、菅原さんをしのんだ。コメントは以下の通り。

19日の身内だけの葬儀に友人代表として出席しました。最後、出棺の時に「お兄ちゃん、ありがとう!」とお礼の言葉を叫んで来ました。本当に寂しいです。

出会いは、僕が17歳の時ですから、もう61年になります。最初は同い年の弟の進と4人組でアマチュアのビリー・バンバンを結成したんです。その頃、お兄ちゃんの孝さんは慶応大学に通っていました。僕の本名は「中野」と言うんですが、孝さんが「顔が洋風だから」と“ムッシュ中野”と名付けてくれました。

その後、素人のフォークソングブームが起きて、アマチュアだったビリー・バンバンの「白いブランコ」が広まってデビューすることになったんです。それで、孝さんと進のコンビになって、兄弟デュオとしてデビューしました。

僕はビリー・バンバンの付き人、ドライバー、楽器運びなんかをしながら、タレントデビューを狙っていました。自分たちのニッポン放送の番組に呼んでくれたりして、そこの司会のアナウンサーが今の芸能リポーターの東海林のり子さんだったんですから、本当に古いですよね。その番組に出たことでニッポン放送の上野修プロデューサーに発見してもらって“せんだみつお”の芸名をつけてもらって、もう55年になります。

僕を芸能界に入れてくれた恩人です。亡くなったことを知った時は、声が出ませんでした。長~い、長~い歴史がよみがえって、泣けて仕方がありませんでした。お兄ちゃん、本当にありがとうございました。ゆっくりお休みください。