映像作家でクリエーティブディレクターの芹沢洋一郎さんが9月20日に62歳で亡くなったことが27日までに分かった。妻が芹沢さんのX(旧ツイッター)を通じて声明を発表した。
芹沢さんの妻は「突然のご報告で申し訳ありません。芹沢洋一郎の妻です。洋一郎は9月20日の朝4時20分に永眠いたしました。本人の希望により家族葬で見送らせていただきました」と報告。「映画とともに62年の生涯を駆け抜け 最期は穏やかに、眠るように旅立っていきました。本人から預かっていたメッセージです。よろしければご一読くださいませ」とつづり、芹沢さんが生前残したメッセージを公開した。
書き出しには「上記妻からの報告にもありますように、私この度亡くなりました」との一文があった。声明を残した理由について「自分でこのような報告をするというのも奇妙なものですが、私のわがままでお見舞いや葬儀をお断りしたこともあり、ここに私自身の言葉で報告させて頂きます」とした。
病状については「2024年末に小腸の空腸癌が発覚し、これが20万人に1人も居ないとても珍しい希少癌だったため、標準治療も薬も無いような状況でした。それでも何とか方法を探り新薬の治験などにも臨みながら、諦めることなく治療を続けて参りましたが、今年の7月末に3度目の腸閉塞を起こし『余命2ヶ月』を宣告されました」と告白。
残された時間については「まず頭に浮かんだのは試してみたかったけど先延ばしにしていた映像技法の幾つか。人によっては『はあ?』と呆れるような無意味で些細な事ですが、残された2ヶ月間はそれに集中しようと決めました」とつづり、ひたすら自身がやり残した撮影作業に時間を費やしたという。
最後は「生前はいろいろお世話になり、また大変不義理もしましたが、圧倒的に面白いことの多い人生でした。だから皆様にも心から感謝しております。本当にありがとうございました。というわけでひと足先に失礼しますが『夢の記憶が無い眠りと死は、一体何が違うのか?全く同じじゃないだろうか?』と以前からずっと感じていましたので、こうご挨拶させてください。お先に、おやすみなさい。芹沢洋一郎」と締めくくられていた。
芹沢の生前メッセージに対し、Xでは「この方のことは存じ上げなかったけれど挨拶の最後が素敵すぎる ゆっくりお休みください」「こんな言葉を残す粋を感じました。ご冥福をお祈り申し上げます」「こんなこと言える人生を送りたいわ」「美しすぎる文章」などのコメントがあった。
芹沢さんは1963年(昭38)生まれの映像作家。17歳で初作「まじかよ?」(1980年)がPFF81入選。流血映画を連作後、奥山順市監督に師事。「間男」(1989年)がIFF90、「殺人キャメラ」(1996年)がサンフランシスコ国際映画祭で入賞している。
▽芹沢さんの妻のメッセージ全文
突然のご報告で申し訳ありません。
芹沢洋一郎の妻です。
洋一郎は9月20日の朝4時20分に永眠いたしました。
本人の希望により家族葬で見送らせていただきました。
皆様からのお花などのお心遣いは辞退させていただいております。
最後のわがままをお許し下さい。
生前は本人並びに作品の制作、上映などで多くの方にお世話になりました。
感謝申し上げます。
映画とともに62年の生涯を駆け抜け 最期は穏やかに、眠るように旅立っていきました。
本人から預かっていたメッセージです。
よろしければご一読くださいませ。
▽芹沢さんが生前に残したメッセージ全文
SNSで繋がっているみなさまへ。
芹沢洋一郎です。
上記妻からの報告にもありますように、私この度亡くなりました。
自分でこのような報告をするというのも奇妙なものですが、私のわがままでお見舞いや葬儀をお断りしたこともあり、ここに私自身の言葉で報告させて頂きます。
2024年末に小腸の空腸癌が発覚し、これが20万人に1人も居ないとても珍しい希少癌だったため、標準治療も薬も無いような状況でした。それでも何とか方法を探り新薬の治験などにも臨みながら、諦めることなく治療を続けて参りましたが、今年の7月末に3度目の腸閉塞を起こし「余命2ヶ月」を宣告されました。
覚悟していたことではありましたが、まず頭に浮かんだのは試してみたかったけど先延ばしにしていた映像技法の幾つか。人によっては「はあ?」と呆れるような無意味で些細な事ですが、残された2ヶ月間はそれに集中しようと決めました。なので皆様にも病状をお知らせすることなく、お見舞いもお断りして、家族や友人に「最後のお願い!」を口実に沢山無茶を言って振り回しながら、作業に集中させてもらいました。やってみると制作過程の紆余曲折に一喜一憂するいつもの自分がおり、病気の現実も余命の事も見事に忘れてしまうほど熱中し、いつもの映画仲間達と濃密な時間をギリギリまで過ごす事が出来ました。
特に昼間行雄さん、関浩司さんには心から感謝いたします。
また、以前から両親を含めて親しかった人の葬儀に出席し故人の顔を見るたびに「この人は私の知ってるあの人では無い」と強く感じる事が多く、それもあって死顔を久しぶりの方に見られるのが妙に気恥ずかしく、家族のみの葬儀とさせていただきました。
以上、沢山の勝手を申しまして大変申し訳ございません!私の最後のわがままとして何卒ご理解下さい。
生前はいろいろお世話になり、また大変不義理もしましたが、圧倒的に面白いことの多い人生でした。だから皆様にも心から感謝しております。本当にありがとうございました。
というわけでひと足先に失礼しますが「夢の記憶が無い眠りと死は、一体何が違うのか?全く同じじゃないだろうか?」と以前からずっと感じていましたので、こうご挨拶させてください。
お先に、おやすみなさい。
芹沢洋一郎



