内村航平(32=ジョイカル)の五輪があっけなく幕を閉じた。男子予選、種目別の金メダルを狙い専念した鉄棒で落下。13・866点で上位8人が進む決勝に進めなかった。両肩痛に耐えかね、20年2月に種目別の道を選んだ先の4度目の五輪には、失意が待っていた。引退は宣言せず、今後も体操に向き合う。

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声援がない無観客の会場が、一瞬だけさらに「無」になった。

大技ブレトシュナイダーからの3連続の離れ技を当然のように決める。際立つ美しさを味わうように各国のコーチ陣なども目を凝らす。次の瞬間だった。続くひねり技で手が離れ、体が投げ出された。「キング 内村航平」。演技前のアナウンスでそう紹介された男は、マットに打ち付けられた。わずか25秒。本人も「分からない」と嘆く理由なき失敗で、母国での戦いを終えることになった。

内村 何やってんだバカ! それ以上も以下でもない。全部自分のせい。自分に失望している。

あきれ返る冷笑と冗舌。大舞台こそ練習以上を出せていた過去の自分はいなかった。これだけ苦渋を超えてきたのに…。

19年4月、両肩痛の悪化で全日本選手権を予選落ちし、「(五輪は)夢物語」と言い捨てた。肩に注射を100本以上打った。20年2月には、鉄棒専念を決めた。「輝くにはこの道しかなかった」。3月25日、コロナ禍で五輪1年延期が決まった翌日には「つらいですね…」と漏らした。完治する時間をもらえたのでなく、完治しない肩の痛みともう1年付き合う、それは地獄の時間に思えた。

ただ、他5種目の負荷がなくなったことで、見えた光もあった。H難度のブレトシュナイダーの回転の仕方を根本から見直した。バーを離して2回転の間に2回ひねる。コロナ以前は最初の1回転で4分の1ひねったが、1回転で1ひねりずつに変えた。より美しさを求めた。求道者のようにバーを握る日々は、楽しさも生んだ。

身に染みる体操の奥深さ。それはこの日の失意の中でも感じた。

内村 面白さしかない。極めるというのは知らないことがないこと。これだけやってまだ知らないことがある。

この舞台での失敗も面白さに回収される。それが根っからの体操好きの本性。

鉄棒の後、団体戦を戦う後輩たちの姿を見守った。4人全員が初出場にもかかわらず、予選1位通過を決めた。「もういらないじゃん」。素直に思った。

ただ、それは引退を示しはしない。「僕が見せられる夢はここまでじゃないかな」としながら、「永遠にしないかも。いつ引退するとかも考えてない」とも。いまは錯綜(さくそう)する心を抱えるしかない。ただ、その根っこにある感情は迷いはない。「体操って面白い」。【阿部健吾】