これまでファイナンシャルフェアプレー(以下FFP)の導入が及ぼしている影響を中心に各クラブのファイナンス状況やその周辺の事象についてお話ししてきましたが、この夏は各クラブが早い段階からチーム改革を行っており、早めに固めることで新シーズンへの準備をぬかりなく行っている印象を受けます。

その中でも特に目を引いたのが、ポルトガルのベンフィカとアトレティコ・マドリードの間の巨額取引です。Aマドリードがポルトガル代表FWジョアンフェリックス(19)を1億2600万ユーロ(約158億円)の移籍金で獲得しました。

そんなお金がどこから出ているのか? 特にAマドリードは金満というわけでもなく、とても不思議に思える取引ではありました。たしかにグリーズマンの移籍が決まっていたようなので、この収入を充てることも十分にできることではあったと思いますが、細かく見てみると実はグリーズマンの移籍がなくても150億円支払って獲得することが可能であった状況が見えてきました。今回はこの裏側に迫りたいと思います。


Aマドリードにおいて一番の変化と言われれば何といってもスタジアムです。2020年オリンピック用(マドリードが五輪開催地に立候補していた)に建てられたスタジアムを短時間でサッカー専用スタジアムに変更した、エスタディオ・ワンダ・メトロポリターノ。

調べてみると、スタジアム変更後の最初のシーズン(2017-18シーズン)においての売上利益は税引前で500万ユーロから1200万ユーロへと大幅にアップしておりました。日本円にして約6億2500万円から15億円への飛躍です。年間売り上げにして3100万ユーロの増加の3億1300万ユーロ(約39億円増加の約391億円)になるようです。

前ホームのビセンテ・カルデロンから移転した2013-14シーズンから、2017-18シーズンまでの5シーズンで売り上げは1億2000万ユーロ(約150億円)から2億ユーロ(約250億円)と100億円近くアップしており、この大きな増収から、有力選手獲得のための投資へとつながっていることが推測できます。

といってもトップを走るレアル・マドリードやバルセロナとの収入格差は年々開いてしまっている現実もあります。もう少し細かく見てみると、当然ではありますが、直近10シーズンにおいてチャンピオンズリーグの決勝進出2回とヨーロッパリーグ3回の優勝は財政面に大きな影響を与えており、特に直近の5シーズンは2億7200万ユーロ(約340億円)の売り上げを記録。これはバルセロナの記録した2億7700万ユーロ(約346億円)とほぼ同じ売り上げ記録になります。

こういった背景と、ある一定の年齢を超えた選手に対してはリスクのある複数年契約を提示するのではなく、若く才能があり、将来性の見込めるところに投資を行うAマドリードの選手に対する考え方・経営判断は決して間違っていないと言えるのではないでしょうか。

ビセンテ・カルデロンからワンダ・メトロポリターノに移行したことで、観客動員数は平均約1万人増えており、これはチケットを中心とした試合日の全体的な売り上げ増に寄与しています。さらにビセンテ・カルデロンの財産権利の売却から最大2億ユーロ(約250億円)を回収することが期待されているとの報道もあり、さらなる増収を目指すことからも今回のジョアンフェリックスの150億円の捻出というのは非常に現実味のある数字だったと考えられます。そこにグリーズマンの違約金が加われば…。

残念ながらゴディンやフェリペ・ルイスは契約満了による退団になるので移籍金は発生しませんが、一番守らなければならない若手の将来性のある部分であることを考えると、最悪あきらめてもよいと最初から計算されていたのかもしれません。

今シーズンの活躍が期待されるポルトガルの若武者、ジョアンフェリックス。活躍に注目です。【酒井浩之】

(ニッカンスポーツ・コム/サッカーコラム「フットボール金融論」)