ビデオ・アシスタント・レフェリー(VAR)が採用されて、明確に見えてきたことがある。選手は試合中にいちいち裁判にかけられるってことだ。シミュレーションをした選手はそのウソが白日の下にさらされ、ひじ打ち疑惑の選手はレフェリーが映像を確認している時、ピッチで汗まみれになりながら祈るしかない。

 イラン-ポルトガル戦でのロナウドは、まさにVARによって好機をつかみ、VARによって断罪の瀬戸際に追い詰められていた。

 ポルトガルはイラン戦の前までに1勝1分けの勝ち点4。イランは1勝1敗の勝ち点3。同時開催のスペイン-モロッコ次第で、1次リーグ突破か敗退がかかっていた。戦前の予想ではイラン相手にポルトガル有利が体勢の評価だったが、イランはしぶとかった。前半ロスタイムにポルトガルがクアレスマの右足アウトフロントの美しい弧を描いた芸術的なゴールで先制したが、イランは全然なえてなかった。むしろ、守っていては敗退を待つだけと割り切り、勇猛果敢に得点へのカウンターを狙っていた。

 後半、ボックス内に切り込んだロナウドが倒された。レフェリーは流したが、VARルームから連絡が入り、映像確認の結果、PKが与えられた。この大会おなじみの光景となったが、ロナウドはPKに失敗する。決めていれば5得点でイングランドのケーンと並び得点王争いでもトップに並ぶチャンス。そして、イランを突き放す決定的な2点目のはずだった。

 ロナウドに落胆の色は見えたが、まえがかりになるイランに対し、カウンターでさらに得点を狙う意欲を見せていた。そのまま、試合は終盤に入ったころ、ボールと関係ないところでロナウドがイランDFとポジション争いで交錯する。オフザボールの動きの中、マークを外そうと、ロナウドが右手で相手の左肩をかきわけて前に進もうとして、肘が相手の顔に触れたようにも見えた。触れたのか、ひじ打ちなのか、それはどれほど映像で見ても分からない微妙な動きだった。

 やや大げさに倒れるDFを見て、ロナウドの顔にも焦りの色が走った。案の定、VARルームが退場に該当するかどうかの確認をレフェリーに求め、レフェリーはこれに従った。

 その瞬間、ロナウドの表情からは血の気が引いたように感じた。退場ならば決勝トーナメント1回戦(ウルグアイ)を欠場することになるばかりか、やる気満々のイラン相手に10人で残り時間をしのがなければならない。

 レフェリーの裁定を待つ間、ロナウドのおびえたような表情は、さっきまで勇猛果敢に相手ゴールに挑んでいく希代のストライカーのものではなかった。

 なんか、ちょっと気の毒ですらあった。それまでは得点への欲望のままに突き進んでいたストライカーが、レフェリーが四角い画面のジェスチャーをして、VARの映像を確認しに行った途端、まるで合格発表を待つ受験生、面接を待つ就活生になったようだ。

 どう猛さの顔と、無罪を懇願する被告のような顔が、同じピッチ上で数秒の間に入れ替わる。ちょっとまともじゃない。

 サッカーは1点ずつしか入らない。一発逆転はない。ゆえに、競った試合の終盤になればなるほど、ドラマチックな展開が期待できた。ロナウドのような得点感覚に優れ、最後の最後までゴールを目指す選手がいるならなおさらだ。むしろ、アディショナルタイムに入ってから本領を見せてくれる、そんな期待を抱かせてくれる。

 それが、VARによって水を差されてメンタルは右往左往されてしまう。明らかなひじ打ちがあったなら、イランのケイロス監督が言うように退場が当然だろう。今回のように、角度を変えても、アップにしても、最終的には主審の主観に委ねるしかない。

 VARは万能ではないということがはっきりした。FIFAは採用に当たって「ピッチの小さい石はそのままに、大きな石は取り除く」と、VAR採用の理念を説明した。わかりやすく、とてもいい響きのいい説明だった。そして、運用をしてみると、期待が大きかっただけに、やっぱり一長一短があるんだとはっきりした。

 反則はペナルティーを受けなければいけないし、その最終判定は主審にしかできない。しかし、その原則を補完するVARにも限界はあるということだ。マラドーナの「神の手」ゴールのような誤審は、VARの出現によって2度と生まれないだろう。その代わり、いちいち裁判をする代償として、スリリングな試合展開は間延びしたものになり、主役が選手から、VARルームとレフェリーに移ってしまった感は否めない。ちょっと残念な構図になってしまった。


 ◆井上真(いのうえ・まこと)1965年(昭40)1月4日、東京・小金井市生まれ。90年入社。野球、相撲、サッカー、一般スポーツなどを担当。