柔道の1965年(昭40)全日本選手権で初優勝した坂口征二(当時旭化成)が、67年に日本プロレス入りを決意すると柔道界は猛反対した。特に母校明大柔道部のOBたちは激怒。引き留めるために後楽園ホールのプロレス会場まで押しかけたという。

柔道界にはプロレスに対して長い間、強いアレルギーがあった。発端は1954年(昭29)12月に、全日本選手権3連覇をはじめ15年間不敗を誇った不世出の柔道家・木村政彦がプロレスのリングで力道山に失神KO負けしたこと。「だまし討ちだった」という話もあり、これが遺恨となって関係は険悪になった。

97年に全日本選手権7度優勝の小川直也がプロレスに転向した時も坂口の時ほど大騒ぎにはならなかったが、批判の声は少なくなかった。08年北京五輪男子100キロ級金メダリストの石井慧がプロ格闘家へ転向した時は、重量級の21歳の若きエースの流出に、全日本柔道連盟(全柔連)の幹部たちは頭を抱えた。

21年東京五輪100キロ級金メダリストのウルフアロンが1月4日、新日本の東京ドーム大会でプロレスデビューした。五輪、世界選手権、全日本選手権の「柔道3冠」を達成した名選手だが、今年6月の転向表明に柔道界の反応は好意的だった。全柔連の中村真一会長は「職業選択の自由がある。個人的には成功してほしい」とエールを送った。

実は以前はプロレス、プロ格闘技に転向した選手は柔道界に復帰できなかったが、20年ほど前に全柔連が規約をあらためた。柔道と並行してのプロ活動は禁止しているが、引退から1年後に指導者として柔道界に復帰できるようになった。PRIDEなどで活躍したバルセロナ五輪金メダリストの吉田秀彦も現在、実業団のパーク24の総監督を務めている。

昨年12月の柔道のグランドスラム東京大会でウルフアロンは全柔連から功労者表彰を受けた。「プロレスラーのウルフアロンです。1・4東京ドーム大会のチケットがまだ少し残っているのでお買い求めください」とあいさつすると、会場から大きな歓声と拍手が沸き起こった。時代の変化もウルフアロンの新天地デビューを後押ししている。【首藤正徳】

EVIL(左)を圧倒し雄たけびを上げるウルフアロン(撮影・中島郁夫)
EVIL(左)を圧倒し雄たけびを上げるウルフアロン(撮影・中島郁夫)
トップロープからEVIL(下)にボディープレスを浴びせるウルフアロン(撮影・中島郁夫)
トップロープからEVIL(下)にボディープレスを浴びせるウルフアロン(撮影・中島郁夫)