1日の長崎北陽台戦終了後、泣きながら引き上げる、茗渓学園SH大越勇気(右)(撮影・松熊洋介)
1日の長崎北陽台戦終了後、泣きながら引き上げる、茗渓学園SH大越勇気(右)(撮影・松熊洋介)

平成最後の優勝はならなかった。昭和最後の68回大会に大工大高(現常翔学園)と両校優勝となった茗渓学園(茨城)は3回戦で涙をのんだ。

長崎北陽台との一戦は交互にトライを取って逆転、という展開になった。6点リードされ、残り約10分。茗渓学園がトライを決める番だったが、最後まで逆転することはできなかった。高橋健監督(54)は「残り5分で勝つという気持ちが負けていた。相手の方が堂々としていて、自分たちはハンドリングなどミスをしてしまった」と肩を落とした。

スタンドにあいさつを終えた瞬間崩れ落ちた選手がいた。SHの大越勇気(2年)だ。1人グラウンドから立つことができず、仲間に抱きかかえられた。大越は「僅差になることは分かっていたが、後半自分でもミスをして、最後まで走りきれなかった」と悔やんだ。

人目もはばからず号泣したのには理由がある。1年生から花園に出場。2年生になってレギュラーをつかみ、U17日本代表にも選ばれ、チームの中心になった。「春から試合にスタメンで出させてもらい、自分がここまで成長できたのは、素晴らしい先輩たちがいたから。本当にこのチームがやりやすくて、楽しかった。3年生ともっと一緒にラグビーをやりたかった」と胸の内を明かした。

新チームでは主将となる。第92回大会(ベスト4)以来、8強から遠ざかっている。大越は「1年生の時は2回戦で大敗(日本航空石川に7-66)して、今回は接戦という結果だった。確実に茗渓のラグビーは成長している。自分の集大成のときに茗渓ラグビーの力を証明したい」と意気込みを力強く語った。

新時代で迎える第99回大会。平成最後で優勝できなかったが、大越は茗渓学園を率いて花園の主役となり、新時代最初の優勝をつかみ取る。【松熊洋介】

◆松熊洋介(まつくまようすけ) 1977年(昭52)4月30日、福岡県生まれ。東京日刊スポーツに入社後、編集局整理部、販売局を経て、昨年12月より東京五輪・パラリンピックスポーツ部に異動。現在ラグビー、バドミントン、ソフトボール、アイスホッケーを担当。

1日の長崎北陽台戦終了後、グラウンドにうずくまる、茗渓学園SH大越勇気(撮影・松熊洋介)
1日の長崎北陽台戦終了後、グラウンドにうずくまる、茗渓学園SH大越勇気(撮影・松熊洋介)