<第85回箱根駅伝>◇2日◇往路◇東京-箱根(5区間108キロ)

 箱根駅伝に、スーパールーキーが現れた。山登りの5区で、東洋大の柏原竜二(1年)が1時間17分18秒の区間新を樹立し、出場67回目のチームを初の往路優勝に導いた。トップと約5分差の9位でタスキを受け、8人をごぼう抜き。「山の神」と称された07年の今井正人(当時順大)の記録を47秒も更新した。高校時代は無名だった「天然素材」が、不祥事に揺れた東洋大に明るい話題をもたらした。

 1人だけ、あきらめていない男がいた。トップの早大が通過してから、4分58秒が経過。逆転は絶望的と思われた小田原中継所で、柏原の心に火が付いた。「行くしかないな」。タスキを受け取ってすぐに、1人を抜いた。最初の5キロを14分台で突っ込んだ。佐藤監督代行が指示する15分20~30秒というペースは無視。天下の険に勝負を挑んだ。

 海抜10メートルから874メートルまで駆け上がる、勝負の山登り。頂上までに6人を抜き、最後のターゲットは首位の早大・三輪だけになった。勢いのまま19・2キロすぎに抜き去った。苦手の下りで追い付かれたが、再び振り切った。あとは一人旅。33年の初出場以来、1度も優勝のない東洋大に、19歳の新入生が往路Vをもたらした。

 「全部苦しかったです。オーバーペース気味に入ったので、腹筋がすごい痛くて…。途中でやばいかと思ったんですけど、何とか持ちました」。記録は「山の神」こと今井を47秒も上回る1時間17分18秒の区間新。「時計が間違っていたんじゃないかと、今も思います。超えた実感が全然ありません」。

 前夜、平塚の宿舎で見た初夢は「1時間18分台で走り、往路優勝-」。現実は、夢を超えた。佐藤監督代行も「フォームがいい訳じゃないけど、力強さが違う。馬力で行くような感じ。体が強いから、故障もしない。山の神を超えちゃったら、何て言えばいいんだろう」とうなった。山形・蔵王など8~9月にかけて起伏のある山中での強化合宿が、ここで生きた。

 高校時代は、インターハイも高校駅伝も出場なし。いわき総合高の恩師・佐藤修一監督は「強いチームではなかったので、目的を達成するために、抜かれてもいいから、前へ前へ行こうという姿勢だけを教えたんです」と振り返る。貧血を克服すると、強気の走りが磨かれ、昨年1月の都道府県駅伝の1区で区間賞を獲得し、頭角を現した。

 同時に、山へのあこがれが芽生えた。福島県チームで一緒になった今井に聞いた。「山登りは、どんなところですか?」。山の神の答えは「やりがいのあるところだよ」。入学してから、佐藤監督代行らに希望区間を聞かれると「5区をやりたいです」と即答した。志願した山を、怖がらずにねじ伏せた。

 12月1日に部員が強制わいせつで逮捕され、大学側は集団での応援や横断幕を自粛。選手たちは、やじを受けることも覚悟で箱根路に臨んだ。「こんなに観客が多くて、1キロだけでうるっときて泣きそうになった。走れることへの感謝が身に染みました」と柏原。誰より多い声援を受け、ニューヒーローが誕生した。【佐々木一郎】