どん底からはい上がり、パリ切符をつかみ取った。男子日本代表(世界ランキング4位)が、スロベニア(同7位)にストレート勝ちし、2大会連続の五輪出場を決めた。セットカウント3-0勝利のみがこの日の切符獲得条件だったが、その大一番で一気につかんだ。本番1年前の出場権は92年バルセロナ五輪以来、32年ぶり。キャプテンの石川祐希(27=ミラノ)がチームトップの15得点をマーク。第2戦エジプト戦での敗戦を糧に成長を遂げた日本が、その「強さ」を証明した。
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石川は、3度腕を回して雄たけびを上げた。「カモン!」。序盤の5連続失点をはね返し、逆転で奪った第1セット(S)終了直後。コート内のメンバー、ベンチから見守る仲間たち、そして1万539人が詰めかけた会場へ、その圧倒的な存在感を誇示した。第2戦エジプト戦でまさかの敗戦。崖っぷちから3試合連続ストレート勝ちで立て直したように、この日もビハインドから逆転のストレート勝利でパリ切符をつかみ取った。「最後まで自分たちを信じて戦った結果、目標を達成できたのですごくうれしい。最高のメンバーと強さを証明できた」。コートで見せた熱さは歓喜の涙に変わっていた。
負けられない一戦で、今大会一番の力を発揮した。第1Sはミスなども重なり序盤にリードを許したが、14-16ではアタック、ブロックなどで自ら4連続得点を挙げてひっくり返した。第2S、3Sは先制を許したが、その右腕からリズムを引き寄せる一打を放った。得点のたびに拳を握り、仲間のポイントも己が決めたかのようにほえた。チーム最多15得点。「後ろで拾ってくれた仲間がいる。皆の力があったから」と感謝した。
初戦のフィンランド戦は2セット連取からフルセットに持ち込まれ、第2戦のエジプト戦では同じ展開から逆転負けを喫した。自身も8月に痛めた腰の影響で序盤はパフォーマンスが上がらず、途中交代も味わった。それでも一丸が崩れなかったのは、そのキャプテンシーがあったからだった。エジプト戦翌日に40分の選手ミーティングを実施。「自分たちのバレーはできている」と説いた。チームスタッフとも連携を密にし、必要であれば選手たちへ思いを代弁した。「1つになってないと本来の力は発揮できない」。気持ちの最上位にあるのはチーム力向上と勝利。そのために、努力を重ねてきた。
「影響を受けた人はいない」という独自のキャプテン像は、日々の生活の中で磨いてきた。「ピンと来るものがあったりするので」と、普段の会話にもアンテナを張り巡らせる。「人には良いところも悪いところもある。僕もそう。考え方には正解がないと思う」と、周囲の環境の中で理想の主将を追求してきた。
試合を重ねるごとに感覚を取り戻した主将とともにチームは息を吹き返した。後がない状況からつかんだ五輪切符だが、まだ夢の途中。「(この大会で)また1つステージが上がったと感じている。東京五輪は8強でしたが、パリではメダルを狙う。もう1度、気を引き締めて戦っていきたい」。日の丸の中心に立つ石川は、力強く拳を握った。【勝部晃多】
◆石川祐希(いしかわ・ゆうき)1995年(平7)12月11日、愛知県岡崎市生まれ。小4で競技を始め、愛知・星城高では2年連続3冠(インターハイ&国体&全日本高校選手権=春高)を達成。14年に中大に進学し、在学中からイタリアでプレー。同年に初めて代表入りし、21年から主将を務める。現在はセリエAミラノ所属。192センチ、84キロ。
○…パリに導いたブラン監督は「夢をつかんで、素晴らしいバレーボールを見せられた」とほほ笑んだ。17年にコーチで来日。21年東京五輪後に日系人以外で初の外国人指揮官として低迷する男子を立て直した。「トップ4は全てのチームがレベルが高い。状況を見極めて正しい判断をする能力が勝敗を分ける」とにらみつつ「そこに向けて技術面、メンタル面でも日本は資格があると証明された。来年は決勝までいくことが目標」と自信をのぞかせた。
◆パリ五輪出場権 パリ五輪出場枠は開催国フランスを含む12。五輪予選のW杯バレーは、世界ランキング上位24カ国が8カ国ずつ3組に分かれ、総当たりで対戦。ブラジル(プールA)、日本(同B)、中国(同C)で開催され、各組上位2カ国の計6カ国が出場権を得る。プールBの日本は、この日セルビアを下した米国とともに、8日の最終戦を待たずに上位2位以内を確定させた。
残る5枠は、来年のネーションズリーグ(VNL)予選ラウンド終了時(6月)の世界ランキングで決定する。


