2月6日開幕のミラノ・コルティナ五輪まで28日で残り9日となった。フィギュアスケート日本代表は、22年北京五輪で獲得した過去最多のメダル4個(銀2、銅2)を上回る、最大7個の獲得が視野に入る布陣。「最強日本フィギュア」と題し、開幕当日まで10日間の長期連載で代表選手の素顔を紹介する。
第1回は今季限りでの引退を表明し、3度目の五輪が集大成となる北京団体銀、個人銅メダルの坂本花織(25=シスメックス)の歩みに迫った。【取材・構成=松本航】
★直感
スケートとの出合いはNHKの連続テレビ小説「てるてる家族」(03年度後期)だった。主人公の姉がフィギュアスケートをしているシーンを見て、母に「やりたい!」。4歳で始めた。当初は3歳から取り組んでいた水泳と両立。イトマンスイミングスクールで選手コースに推薦されるほどの実力だったが、小学2年時に「息ができるから」とスケートに軸足を置いた。中学生まで週1回のペースで続けていた水泳は、中学3年生だった15年秋の右すね疲労骨折時にも有効活用。氷から約1カ月離れる状況で、体力を落とすまいと手だけで泳いだ。
★武器
大きな幅、着氷後も流れていくジャンプ。トリプルアクセル(3回転半)や4回転など高難度は組み込まないが、高い出来栄え点を引き出す。中学生だったある日、中野コーチから「トップスピードでジャンプ」と指示され、周囲が恐怖心から跳ぶ直前に減速する中でそのままジャンプ。氷にはじかれて転倒が続いたが「褒めてもらえて、やり続けて今に至る」。頭の位置を体の上に置くことを意識。よどみのない着氷は「その後も一生懸命(スケーティングで)こがなくて済む。流れをつかみやすい」と、演目全体の完成度を高めることにつながる。
★地元
神戸市で生まれ、市立なぎさ小、渚中、神戸野田高、神戸学院大。所属のシスメックスも出身中学校から徒歩2分の“神戸づくし”。4歳から今に至るまで「神戸クラブ」の中野園子、グレアム充子両コーチに師事してきた。小学生のころには年の離れた姉2人が幼稚園、小学校の教員であることから、母に「何の先生になるの?」と聞かれ「中野先生~」と切り返した。厳しくも愛のある師の背中を追い、引退後はコーチ業を志す。ミラノ五輪を前に「(神戸の繁華街)三宮を歩いていて『五輪頑張ってね』と声をかけられることが多くなった。うれしいなと思っています」。
★趣味
ドライブ、映画観賞、図画工作、折り紙など多岐にわたる。その中でもこだわりは「流行に乗りたくない」。大人気作品「鬼滅の刃(やいば)」などもブーム後に見返すタイプ。5連覇を飾った25年12月の全日本選手権時には「平成でめちゃくちゃ見ていたドラマを見返しています。イケパラ(花ざかりの君たちへ)、ルーキーズ…」と気分転換。今季、ひまわり柄でオレンジの公式応援バナータオルをついに販売。即完売が続いており「一時期、みんなが作った流れに紛れるのが嫌だったんです…。みんなが盛り上がっていて、ほとぼり冷めてからが好きで…」と頭を下げた。
★作品
現役ラストシーズンのフリーに選んだのは「愛の讃歌」。自身がジュニアだった13-14年シーズン、初出場した全日本選手権に同じく出場していたのが鈴木明子さんだった。現役最終年の鈴木さんはショートプログラムで「愛の讃歌」を舞い、ソチ五輪代表切符をつかんだ。中学1年生だった当時を思い返し「私は明子さんのスケートにほれた。一緒に出られた最初で最後の大会で愛の讃歌を見られた」。26年に入ると「もうちょっと間がほしいよね。呼吸を意識してみて」と助言を受ける機会があり、憧れの人の言葉も心に留めて最後の五輪へ向かう。
◆坂本花織(さかもと・かおり)2000年(平12)4月9日、神戸市生まれ。17年世界ジュニア選手権3位でシニア転向。1季目から18年平昌五輪代表2枠入りして6位。22年北京五輪で団体銀、個人銅メダル。世界選手権は22年から3連覇。全日本選手権は5連覇中で、18年を含めて優勝6度。今季のSPは「タイム・トゥ・セイ・グッバイ」。ミラノ五輪の日本選手団旗手代行。159センチ。


