96年ぶりのメダル獲得へ-。男子テニスで世界6位の錦織圭(26=日清食品)が日刊スポーツの単独インタビューに答え、8月6日開幕のリオデジャネイロ五輪に向けた決意を語った。
日本が五輪で初めてメダルを獲得したのは、1920年アントワープ大会のテニス競技。以来、約1世紀も遠ざかっている快挙に錦織が挑戦する。
08年北京、12年ロンドンに次ぐ3度目の五輪は、錦織にとって堂々のメダル候補での出場だ。
「あまり大きなことは言いたくないが、十分にメダルの圏内にいると思う。出るからにはメダルを目指したい」
北京は世界124位で推薦で初出場。ロンドンは第15シードだったが、得意とはいえない芝コートだった。今回は初のトップ10で挑むことが確実で、舞台は最も得意なハードコートだ。
「オリンピックは、マスターズや4大大会と同じぐらい大事。(メダルに)かける気持ちは、もちろん強くある」
大言壮語のタイプではないが、メダルへの実感はある。五輪は、ツアーのマスターズ大会や4大大会と選手の層が変わらない。今季、1月の全豪では8強だが、マスターズでは準優勝1回、4強が2回。これは、五輪でメダルに相当する。
「(これまでで)今年が一番、充実している感じ。去年と大きく変わらないが、無理をせず、ここまで来ている。落ち着き感がすごい。この(トップ10の)位置に慣れてきたと思う」
テニスは、年4回の4大大会を頂点にツアーが構成されている。選手の最大の目標も基本的には4大大会だ。しかし、88年ソウル五輪で正式競技に復帰して以来、確実に五輪の重みは浸透してきた。
「デビスカップもそうだが、代表として戦えるのは誇り。気持ちが高揚するし、アドレナリンが出る。五輪を目標の1つとする選手も増えてきた」
ただ、今年は厳しい日程となる。五輪テニス競技開幕の3日前まで、トロントでマスターズ大会がある。また、五輪最終日から、米シンシナティでマスターズ大会が開幕する。両大会ともに錦織は出場が義務だ。
「一番心配なのは日程。(五輪の)前後、出ないわけにはいかない。(五輪で)体力的にピークに持っていけるかどうか。これが(メダルへの)カギになる」
松江市立乃木小2年の時に、作文で「五輪に出たい」と書いた。その頃から、五輪にはわくわく感があった。4年前のロンドンでは、開会式に同僚の添田豪、伊藤竜馬と参加し、子供のようにはしゃいだ。
「(テニスにはないので)何か不思議な感じ。(開会式は)神秘的で高ぶる気持ちがある。緊張とか全く吹っ飛んで、楽しさと、湧き上がるやる気が出てくる。いろんなアスリートの人と並んで歩くというのが、すごくモチベーションになる」
五輪史上、日本が最初にメダルを獲得したのはテニス競技だった。20年アントワープ五輪で、熊谷一弥がシングルス、熊谷と柏尾誠一郎がダブルスで銀メダルを獲得した。これが、日本最古のメダルである。
「その時代にテニスをして、さらにメダルを取ったこと自体、すごいことだと思う」
以降、日本は夏季五輪で400個のメダルを獲得した。しかし、テニスはあの銀メダルが最初で最後だ。約1世紀の歴史に錦織が挑戦する。【取材・構成=吉松忠弘】
◆20年アントワープ五輪テニス競技VTR 期日は8月15~23日。コートは芝。男子シングルスは15カ国44人、同ダブルスは12カ国26組が出場した。熊谷、柏尾ともに、商社勤務で当時はニューヨークに在住。19年に熊谷は全米3位にランクされていた。シングルスでは、柏尾は3回戦で敗退。熊谷は決勝まで進んだが、降雨の試合でメガネが曇るなどして不覚を取り銀メダル。両者で組んだダブルスも銀メダルに終わった。
◆テニスのリオデジャネイロ五輪出場権 種目は男女シングルス、ダブルス、混合。シングルスは出場各64人のうち、6月6日付の最新世界ランクをもとにまず56人が選ばれる。1カ国及び地域からシングルスは最大4人。残り8人は国際テニス連盟(ITF)の推薦枠が6、3者委員会の推薦枠が2。最新の世界ランキングだと男女ともにカットは70位。日本男子は錦織だけ、日本女子は土居、日比野が圏内だ。


