マウンドに向かうオリックス中嶋監督の背中を追うように、京セラドーム大阪にHi-STANARDの「STAY GOLD」が流れ始めた。オリックス比嘉の登場曲だ。スタンドから、出を待つ拍手がわき起こる。試合開始前から観戦の席に着いていたT-岡田、安達、小田もマウンドを見つめ、拍手を送った。
9月16日ソフトバンク21回戦。0-1の8回2死二塁で打席に山川を迎えた場面で、中嶋監督が救援投手を迎えるためにマウンドへ。41歳の右腕に現役最後の出番が来た。
近年の引退セレモニーは華やかだ。引退試合が開かれる当日は記念Tシャツをチーム、スタッフ全員で着て、練習時からムードを盛り上げる。試合後は恩師や親交のある選手からのメッセージ、映像などでその選手の野球人生を振り返り、たっぷりと時間をかけてファンは別れを惜しむ。比嘉の実績、貢献度ならオリックスは気合の入ったセレモニーを準備しただろうが、本人は引退会見も引退試合も固辞。静かな引き際を望んだ。試合後のベンチ裏での囲みが、会見の代わりだった。
ヤクルトを倒して日本一になった22年。盤石の救援陣も、オリックスの強みだった。宇田川、山崎颯、阿部ら新星が台頭する中、ベテラン右腕が存在感を見せた。1勝2敗1分けで迎えた第5戦。疲労を考慮し、中嶋監督は宇田川、山崎颯をベンチから外した。落とせばヤクルトに王手をかけられる試合を、6投手の粘投で勝ちきった。5回1死一、三塁で先発の田嶋を救援した比嘉は、オスナを併殺に取ってピンチを切り抜けた。救援陣の切り札2枚を外す大胆な采配も、この投手がいればこそ成立したのだ、と思えた。
最終戦となった第7戦は、5-0の8回にヤクルトに1点差に迫られた。なおも続いたピンチで、比嘉がサンタナを投ゴロに取って猛攻を食い止めた。通算5試合、4イニングを投げて被安打1、奪三振6、防御率0・00。困ったときは、常に比嘉がいた。
それから2年がたっても「まだまだやれるのでは?」。16日の囲みでは、そんな質問も出た。だが本人は「いや…」と首を振った。「ブルペンではちょっと膝が痛くて、でもマウンドに上がったら痛みが消えてという感じなんですけど、またきっと明日も痛くなると思うので。そう言ってくださるのはありがたいですけど、毎日投げないとプロ野球はダメなので、そこに関してはちょっと厳しいかなと思っています」と明かした。
引退を決める理由の1つとなった左膝の故障。ブルペンで感じた痛みを、マウンドに上がればアドレナリンで消した。山川、中村晃というリーグ屈指の強打者と向き合い、ゼロに抑えて帰ってきた。「後輩が見てる中、アウトを取れた姿を見せられたので良かったと思います」。現役最後の日まで、あとに続く者を育てる責任感を持ってマウンドに立っていた。
私服に着替え、花束を抱えて駐車場に現れ、まるで明日も明後日も来るかのようにさりげなく帰っていった。普段と違っていたのは、愛車に家族を乗せていたことくらい。もっといろんな話を聞きたかった選手だった。【堀まどか】




