ゲームセットの瞬間、黒いマスクをした糸原健斗が同じくマスク姿のマルテに抱きついていた。はっきりと表情は分からなかったが糸原は目を細め、マルテもうなずき、糸原の背中をたたいて喜んだ。この試合の意味を象徴する光景だったと思う。

背番号「33」がスタメンに戻ってきた。開幕から「2番二塁」で40試合に出場。3割を超える打率をマーク、不振だった近本光司に代わりチームの切り込み隊長的な働きをしていた。しかし5月19日に「下肢のコンディショニング不良」で登録抹消。そこからファームでの調整を経て、この日、遠い仙台で1軍に戻ってきたのである。

復帰即活躍したいのは人情だ。しかし人生は厳しいし、思うように行かない。糸原が目立ったのは失策からだった。1回、先発青柳晃洋が2死を取った後。3番・浅村栄斗のゴロを糸原はグラブに右手を添え、大事に捕球しにいったもののはじいてしまう。そして島内宏明に適時三塁打を浴び、1点を先制された。

青柳は続く2回、茂木栄五郎に1発を浴びる。楽天先発は今季6勝をマークしている好投手・涌井秀章。これは苦しいかなと思った。しかし5回に四球で出た佐藤輝明が盗塁を決め、ベテラン糸井嘉男が渋い適時打で1点差に迫ると6回には近本の安打の後、マルテが逆転12号2ラン。これを青柳からスアレスにつなぎ、守り切った。

1回の失点を返せないまま阪神が負けていれば戻ってきた糸原も少々落ち込むところだろう。チームとしても痛い敗戦になったはず。そんな展開を逆転勝利。糸原自身も7回には復帰後初となる安打を放ち、試合を退くことができた。逆転アーチのマルテに感謝して抱きつくのは当然だった。

「しぶとい打者なんでね。(中野)拓夢が機能していて、あそこの打順(7番)に入れたけど、どこを打たせても健斗はハマると思う。失策もあったけど元気出してやってくれるんで。そういうムード的な部分もすごく大きい。チームがまた一段と明るくなる」

指揮官・矢野燿大も戻ってきた前キャプテンをそう歓迎した。冗舌になるのも無理はない。パ・リーグ首位、交流戦首位を走る楽天を相手にがっぷりと組んでの1点差勝利だ。交流戦の負け越しもなくなった。歓喜の瞬間を迎えたとき「あれが…」と振り返る勝利の1つになる気がする。(敬称略)【高原寿夫】(ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「虎だ虎だ虎になれ!」)