熱投129球で大記録だ。広島大瀬良大地投手(32)が、史上90人目となるノーヒットノーランを達成した。ロッテの打者31人に対し5四球2奪三振。球団では12年の前田(現タイガース)以来12年ぶり5人目。本拠地マツダスタジアムでは初の快挙だった。自身にとって交流戦5年ぶり白星を大記録で飾り、チームを3連勝に導いた。完全復活を印象付けた大黒柱とともに、チームも6日ぶりに首位浮上だ。

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31人目の打者ポランコの飛球が右翼野間のグラブに収まると、大瀬良は両手を突き上げた。バッテリーを組んだ会沢に担ぎあげられ、集まってきたチームメートから手荒い祝福を受けた。三振はわずか2個も、ゴロアウト11個(併殺打1含む)にフライアウト14個。最速148キロながら、キャリアとともに磨いてきた変化球を根気強く丁寧に投げ続けた。熟練の投球で、大記録までたどりついた。

「昨年、一昨年と苦しかったので、“頑張れ~”という9回のマウンドに上がるときの歓声がすごくうれしくて。ここまで来たら頑張りたいなと思った」

この日も自分のためだけでなく、誰かのために投げた。右肘痛を抱えていた昨季は、限界に達した時点でメスを入れる覚悟で臨んだ。結果シーズンを投げ抜き、CSファイナルステージでは日本一の阪神に7回1失点自責ゼロの熱投を演じた。オフに人生3度目の右肘手術を受けるための検査では、一部の骨が折れていたことが分かった。早ければ夏場にも折れていた可能性もあるが、それでも限界点だと感じずに投げていた。それが大瀬良だ。

入団時は体が強く、150キロ超の直球を中心に力で押して、新人王にもなった。宝刀カットボールを操り、毎年のように新球種習得に励みながら、フォームの微修正を繰り返すなど技術を磨いてきた。目指していた“エース”と呼ばれ、3連覇にも貢献した。だが、若くして中継ぎへの配置転換を経験し、度重なるケガにも見舞われた。ここ数年は、万全の状態で過ごしたシーズンなどない。ただチームに求められ、ただチームを勝利に導くために腕を振る。それしか見ていない。「だいぶ前から、自分のために投げている感覚はない」。“エース”という肩書にも関心がなくなった。体と技を支えていたのは、心だった。

「苦しいこともいっぱいありましたけど、その都度糧にして、学びながらやっていきたいなと思っていた。ここまでは結果に結びついていますし、最後まで継続できるようにやりたい。(達成感に)浸れるのはちゃんと1年終わってから。次の登板が大事だと思うので、頑張りたい」。

チームは首位に再浮上。一定の充実感はあっても、ただ前だけを見て、ゴールテープを切るまで走り続ける。【前原淳】

◆大瀬良大地(おおせら・だいち)1991年(平3)6月17日生まれ、長崎県出身。長崎日大では3年夏に甲子園出場。九州共立大から13年ドラフト1位で広島入団。14年に10勝を挙げ新人王。18年は15勝で最多勝、勝率1位のタイトルを獲得し、リーグ優勝に貢献した。188センチ、94キロ。右投げ右打ち。

○…小園がバースデータイムリーを放った。この日が24歳の誕生日で、1打席目にスタンドからバースデーソングで祝福を受けた。2-0の6回2死一、三塁で左翼へ2点適時三塁打を放ち「前の2打席は得点圏で凡退だったので絶対打ってやろうと思った。いいところに落ちてくれた」。大瀬良がノーノーを達成し「最高の誕生日プレゼントをもらいました」とちゃめっ気たっぷりだった。

▽広島会沢(バッテリーを組んでノーヒットノーラン達成した大瀬良に)「おめでとう。ナイスピッチ!」

▽広島新井監督(ノーヒットノーラン達成の大瀬良に対して)「何も言うことがない。私も7回くらいからドキドキしていた。ベンチでは今日は彼とはひと言もしゃべってないです。しゃべらない方がいいかなと。なかなかお目にかかることができないものを見せてくれて素晴らしかった」