僕は今、リング上や、かつてピッチ上で注いでいた熱量を、企業研修セミナー「LIFETIMEプロジェクト」にも換え、ビジネスの舞台でも同じような熱の循環を起こせないか試みている。
企業研修のテーマは毎回変わるが、少しだけ紹介する。
第1回のテーマは「働く」とは?働く≠お金→お金以外の対価とは?→サポーターの存在。
第2回は誰のために「働く」のか?ファン・サービス=モチベーション“熱”の循環を意識する。
第3回は「どうやって“熱”をつくり、周囲に伝えていけばいいのか?」でした。
僕は“熱”を帯びた時間が好きです。それは独りよがりや一方通行のものではなく、相手の体温がグッと上がるくらいの熱。しかし、ときにそれは相手の温度を下げてしまうことがある。それは相手のモチベーションまでも奪ってしまう。
そうした場面をJリーグや格闘技の中で嫌というほど見てきた。なぜそんな状況が起こってしまうのか。それは「なぜあなたはそれを言う」という「なぜ?」が解決されてない中で、独りよがりの熱を発するからだ。
これはスポーツ界の中だけでなく、会社組織でも起きていることだと思う。立場だけでモノを言ったり、やっていないのにそれを言う。例えば「ワールドカップ優勝」や「世界平和」。一見聞こえのいい言葉ではあっても、なぜこれをあなたが言う?という問いに答えられる人は少ないと思う。
熱量を届けるためには、その人が実際にその熱を持っているかどうか。「かばん持ちでも何でもできます」という人より「今、かばん持ちをやっているのであなたのも持たせてください」と言う人の方が信頼できるし、その言葉には正真正銘の熱がこもっている。
よく育成年代の指導者が子どもたちに「夢を持て」「諦めるな」「勇気を持て」と声高らかに指導をしている場面を見るが、その張本人は酒やタバコでボテボテの体だったりする。そこに説得力はないどころか、その熱は人のモチベーションを下げることになる。
僕がやっている研修は、自己分析から始まり、自己マネジメントへと自己再構築をしてもらう。その上で本物の熱をちゃんと組織の中で循環させることが目的だ。必勝法や確実にできるようになるノウハウなどは一切ない。そこにあるのは自分が会社の当事者になり、自分の人生の当事者になり、自らの意思で決断したことを正解にするという想い。
Jリーガーも格闘家も僕にとっては正解という道があったわけではない。自分で探して選んだ道を正解にする努力を人の何倍もしただけだ。そこには確実に熱があった。それは人を巻き込む熱でもある。
水戸ホーリーホック時代、年俸10円の男は貯金すらしたことなく手持ちのお金は数十円。毎朝、寮の朝ごはんを食べに行くときにタッパー(プラスチックの食品保存容器)持参でお昼ご飯用に白飯と梅干し、のりをもらって部屋に帰っていた。それが僕のお昼ご飯。
あるとき、プロ1年目の選手が僕の部屋に来た。ちょうどタッパーご飯のお昼時。その選手は部屋に入るや否や目をまんまるくして「あびさん、何してるんですか?」と一言。僕は「これが俺の昼飯だよ」と伝えると、「そんなんじゃダメだよ!Jリーガーなんだから!」と一言。ごもっともなご意見だった。
その選手がそのまま、僕がごちそうしてあげるからお昼食べにいこう!と言ってくれた。普通、40歳のおっさんが19歳に食事をおごってあげると言われたら「気持ちだけでうれしいよ」と言って断ることがほとんどだろう。しかし、僕は「ぜひ!!」と前のめりで即答した。その代わり、1000円の昼飯なら2000円分の話をして、3000円の夕食なら6000円分の話をした。それが僕にできる対等な関係の作り方だった。
本音かどうかはさておき、その選手は「僕はアビさんにおごった記憶はないよ」と言ってくれている。それも全ては熱量。人を巻き込むためには圧倒的な努力が必要で、そこにうまい下手や強い弱いは関係ない。
ある時、僕はチームがふがいない試合が続き、翌日の練習もなんとなくそのまま入りそうだったので、その場を制し、監督、コーチ陣にはその場を離れてもらい、選手だけにしてもらってゲキを飛ばした。
結構ハッキリと色々言ったが、その当時の僕はまだ練習生だった。企業で言えばインターンに来た人が(しかもおっさん)急に正社員に対して、お前らそれでいいんか!?というようなもんだ。今思うと、恐ろしい暴挙だ(笑い)。
それでもそこで誰かがヘソを曲げて「あんなやついらねーよ」という声は聞こえてこなかった…僕にはだけど(笑い)。こういうささいなことが積み重なって人は人の心を動かせるのだと思う。
LIFETIMEプロジェクトは第三者だからこそ伝えられる事と同時に、ビジネスマンからJリーガー、Jリーガーから格闘家へと“熱”を伝える主戦場を変えながらも、その“熱”を絶やさない僕だからできる事でもある。企業研修の中では頭を抱える人もいれば、晴れた笑顔で前を向き始める人もいる。
最後に、モチベーションとテンションは違うと思っている。テンションは一瞬で上下する。しかし、モチベーションは緩やかに変化をするもの。だからこそ、その人が本当に求めているものや、心の底から湧き出る熱を自分で見つけさせなければいけない。
承認欲求が強い人は自分のことをわかってない人だ。だから人から認められることで自分を認識している。その依存をやめて、できるだけ自分で選択をして決断をする。
人生の豊かさとは決断の数で決まる。自分が選択したことを正解にするまでやり切る。そこには圧倒的な熱量が必要なんだ。
◆安彦考真(あびこ・たかまさ)1978年(昭53)2月1日、神奈川県生まれ。高校3年時に単身ブラジルへ渡り、19歳で地元クラブとプロ契約を結んだが開幕直前のけがもあり、帰国。03年に引退するも17年夏に39歳で再びプロ入りを志し、18年3月に練習生を経てJ2水戸と40歳でプロ契約。出場機会を得られず19年にJ3YS横浜に移籍。同年開幕戦の鳥取戦に41歳1カ月9日で途中出場し、ジーコの持つJリーグ最年長初出場記録(40歳2カ月13日)を更新。20年限りで現役を引退し、格闘家転向を表明。22年2月16日にRISEでプロデビュー。プロ通算2勝1分け1敗。175センチ
(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「元年俸120円Jリーガー安彦考真のリアルアンサー」)





