大リーグのエンゼルスに移籍が決まった大谷翔平の華々しい入団会見が米アナハイムで行われた日、そこから400キロ離れた米ネバダ州ラスベガスでも1人の日本人が躍動していた。

 9日(日本時間10日)に行われたボクシングのIBF世界スーパーフェザー級王座決定戦で同級4位尾川堅一(29=帝拳)が同級5位テビン・ファーマーを2-1の判定で破り、世界初挑戦でベルトを手にした。人生初の海外で、しかも舞台は本場ラスベガス。敵地で不利が予想される中で、日本拳法歴20年という異色のキャリアの持ち主は、他ボクサーより幾分遠い距離からの鋭い踏み込みで右ストレートを放ち続けた。「スピードには絶対の自信がある。合わせられたことはない」とカウンターを恐れずに攻勢は衰えず、赤いベルトを腰に巻いてみせた。81年三原正以来となる日本人では5人目の米国での王座奪取は、紛れもない偉業だった。

 決して米国から届くスポーツの情報量に上限があるわけではないだろうが、残念ながら尾川の姿が多くのメディアに取り上げられたとは言えない。米国から発信される「大谷」という名前の渦の中に埋もれてしまい、ボクシング担当としては歯がゆい思いが大きかった。もっと大々的になっても…。大谷のエンゼルスの赤いユニホームに隠れる形になった赤いベルトに寂しさを覚えた。

 そんな最中、尾川が帰国した。12日早朝の羽田空港。くしくもロサンゼルス発の航空便は大谷と同便だった。ここでもか…、と午前5時からやるせなくなりそうだったのだが、そんな気分を晴らしてくれたのは尾川自身だった。航空会社の関係者にアテンドされて、いの一番にフラッシュを浴びた大谷が無言で過ぎ去ってから10分ほど。少なくなった報道陣の前に登場した尾川の腰には、堂々と赤いベルトが輝いていた。「期待されてるかなと思ったんで!」と無邪気にポーズを取って、カメラマンにサービスする姿。ジムメートで先輩のWBA世界ミドル級王者村田諒太は「すぐに調子に乗るから」と憎めない後輩を形容するが、まさにあえて調子に乗った行動で、明るく帰国した。こちらも何となく気分が晴れた。

 試合後の控室で言った。

 「まだまだ伸びしろがたくさんあると思っているし、まだボクシングってものを分かっていないと思っているので、そのうえで世界チャンピオンになれたので、これは自分自身でもどこまで強くなれるのかという期待でもあります」。

 謙遜というより、前向きな真実だろう。2歳から始めた日本拳法は明大卒まで20年間取り組んだ。卒業後に転向したボクシングはまだ7年目。拳法で染みついたボクシングではマイナスになる動きの修正を続けてきて、「慣れてきたのは昨年くらいからです」と明かす。拳法出身だからこその無類の武器もあるが、直すところ、向上させないといけないところはまだまだある。それが「伸びしろ」だ。その段階での王座戴冠だからこそ、この先が楽しみでならない。

 知名度も同じだと思う。今回は大谷フィーバーに重なる不運はあったが、これから「伸びしろ」は十分すぎるほどある。いきなりのラスベガスでの勝利、しかも日本拳法というキャリアは、本場で名前を売るにはうってつけだ。「またラスベガスで試合をしたい」と本人も望む。いつかきっと大谷に匹敵するようなニュースを米国から届けてくれる日を待ちたい。【阿部健吾】