横綱白鵬(32=宮城野)の立ち合いの張り手、かち上げが話題となって久しいが、実は世間の多くの声と相撲界の認識は違うように感じる。昨年12月に横綱審議委員会(横審)の北村委員長が「美しくない」「見たくない」といった投書が多く届いているとして、白鵬の立ち合いの張り手、かち上げに注文を付けた。「横綱のものとは到底、言えないだろう」などと厳しかった。これを合図に、白鵬にとって立ち合いの張り手、かち上げは禁じ手のようになり、初場所では1度も出さなかったが、3日目から連敗して5日目以降は休場した。

 休場の直接的な要因は、両足親指のけがだった。それでも多くの現役力士や親方衆の目には、張り手、かち上げを出せずにリズムを崩しているように映ったようで、同情の声も多く聞こえた。中でも熱弁を振るっていたのは幕内の千代大龍だった。「まるで張り手、かち上げが、ものすごく悪いことのように言われているけど、土俵で戦う相手としては、あれだけ隙だらけの立ち合いをしてくれたら本当はラッキー。それでも勝ってしまう、その次の攻めへの速さ、引き出しの多さが横綱(白鵬)の強さ」と語った。同様に「張り手、かち上げ=チャンス」と、対戦相手ならとらえるという声は次々と聞こえてきた。

 いわゆる「横綱相撲」の理想は、史上最長69連勝の記録が今も破られていない、双葉山の「後の先」という声はよく耳にする。立ち合いで相手を真正面から受け止めつつ、先手を奪っているといった取り口こそ「横綱相撲」だとする好角家は多い。

 私が約6年間相撲担当を離れる以前の10、11年ごろ、白鵬も双葉山とその代名詞の「後の先」を目標に掲げていた。当時、1人横綱だった白鵬の強さは頭ひとつ抜けており、双葉山に迫る63連勝も記録。当時も時折、立ち合いで圧力のある相手には、張り手(張り差し)を見せる場面もあった。だが数少ない黒星は、立ち合いで張り手を出し、がら空きとなった脇を差されるケースがほとんど。白鵬自身も周囲も悪癖ととらえ、改善を誓っていたように記憶している。

 それが6年ぶりに担当に戻り、すっかり立ち合いの定番になっていた。少なからず当時よりも、立ち合いでパワーとパワーの真っ向勝負に応じては、分が悪いと感じる相手が増えたのかもしれない。相手の圧力を抑え、脇ががら空きとなるリスク覚悟の張り手、かち上げに活路を見いだし、頼らざるを得なくなったのかもしれない。

 プロレスのエルボースマッシュに近いかち上げは、下手をすれば対戦した力士生命を脅かす危険性があり、封印や改善の必要があると思う。一方で張り手は、そういった危険性は少ない上、繰り出す方には相応のリスクがあり、対戦相手にとってもチャンスとなる。純粋に観戦する側としては、両者の駆け引きや、張り手に動じずぶちかます相手力士の姿など、心を震わされる場面に遭遇する可能性が高まる。張り手まで封印すると、そんな観戦の楽しみが1つ減るような気がしてならない。

 大相撲に限らず、プロ野球などを含めてプロスポーツには、これまで数多くの「名勝負」と呼ばれる人気の対戦があった。張り手を繰り出すかどうか、駆け引きを含めて楽しむことができれば、新たな名勝負になるかもしれない。千代大龍は、こうも付け加えていた。「結局、あの張り手で勢いを止められている自分たちが弱い。もっと強くならないと」。あらゆるスポーツは、技術の進歩の連続。1つの技が生まれたら、その技を打ち破るための技を編み出すことで、競技の発展につながった。白鵬の張り手を打ち破る、革新的な技術、勇気と実力のある力士は生まれるのか。そんな未来を見てみたい気もする。【高田文太】