数々の記録を樹立してきた大横綱にとって、出場を目指す大相撲夏場所(13日初日、東京・両国国技館)は、その「人間力」が問われる場所になりそうだ。

 すでに前人未到の40度の優勝を打ち立てた横綱白鵬(32=宮城野)に“逆風”が吹いたのは、昨年11月の九州場所後。節目の40度目Vを決めたが、かち上げや張り手といった立ち合いの乱れや、土俵態度を横綱審議委員会から苦言を呈され、改善を余儀なくされた。すぐに直せるものではない。試行錯誤の翌初場所は、やはりリズムを乱したのか3日目からの連敗で5日目から休場。ケガの影響で春場所は初日から休んだ。

 土俵上での立ち居振る舞いは、土俵で直し、名誉挽回すればいい。だが、どうにもならない失意にこの4月、見舞われた。故郷のモンゴルでは英雄的存在だった父ジジド・ムンフバトさんの死だ。葬儀のためモンゴルに帰国する先月11日、それを済ませ再来日した15日と、いずれも成田空港で白鵬を取材したが、さすがに憔悴(しょうすい)の色は隠せなかった。

 さらに再合流した19日の千葉・柏巡業の支度部屋で話を聞いた際も、本場所で見せる勝ち気な姿は影もなく、生気は失われていた。父のことに思いをはせ、酒を2人で酌み交わしたことを思い出して、ぽつぽつと語ったものだった。「酒って、いいもんだよね。優勝した時に飲む酒とは、また違うもんだったな。(なき父が)『もう、このへんで(飲むのを)やめよう』と言った時、初めて『ああ(父に)勝ったな』と思ったね。5、6年前だったかな。若かったら、もっと飲んでいたんだろうけどね」。さらに形見について聞いた時にも、しんみりした口調で「う~ん…。いっぱいあるけど、いただいた、この自分の体だよ。この体を大事にして、横綱としていちばん長生きしたいね」。モンゴルにいる母親のタミルさん(70)にも思いをはせ「みんなで支え合って、自分も心配させないようにしないとね」と言って、視線を足元に落とした。

 肉親を亡くした心中は、いかばかりか。天国で見守る父を安心させ、故郷で暮らす母を元気づける活躍は、夏場所で見せるしかない。

 データの後押しはある。夏場所優勝8回は、年6場所の中で九州場所と並ぶ最多。そのうち全勝5回も最多だ。史上最多の通算1066勝のうち、夏場所の195勝も6場所で最多、勝率8割4分4厘は秋場所(9割2分)に次ぐ。新入幕の04年、新大関の06年、3回目の優勝を初の全勝で飾り横綱昇進を決めた07年と、いずれも夏場所の思い出だ。そして6場所で唯一、休場がないのも夏場所。そんな相性の良い場所で、再浮上のきっかけをつかめるか。失意からはい上がる、白鵬の「人間力」にも注目してみたい。【渡辺佳彦】