稽古はうそをつかない。よく聞く言葉だ。その手のことで最近耳にしたのは、春日野親方(元関脇栃乃和歌)が大関栃ノ心を「稽古でここまできた力士」と表現した時か。横綱稀勢の里がその昔、朝から軽く正午すぎまで猛稽古を積んでいた、なんて逸話を聞いたりもする。

ジャンルが違っても「稽古」を「練習」に置き換えるだけ、格言に変わりはない。以前担当したゴルフは、暗くなるまでショット、パットの練習をしている一部の選手がいた。女子では少し古めで不動裕理、福嶋晃子、最近では鈴木愛に韓国勢。男子では松山英樹、石川遼ら。だいたい顔ぶれは決まっている。強い選手ほどよく練習する。彼女、彼らを抜かないといけない立場の者より、やる。

さて。相撲で今、稽古という言葉で連想するのは、関脇御嶽海だ。ただし、逆の意味だが。

18日の大阪・池田市巡業でのこと。御嶽海は稀勢の里に指名され、三番稽古で相手を務めた。巡業ではあまり土俵に上がらない、とされていた男。だから、ある記者が聞いた。

以前より稽古に熱が入ってませんか?

御嶽海 はい、それ! ダマされてます。記者さんたちが来てる時だけですよ。だいたい取材に来る時はわかるしね。

でも、以前よりは…。

御嶽海 変わらないっすよ。

しかし、秋場所は大関とりのプレッシャーもあったでしょうし、九州場所はそれもないし…。

御嶽海 いや、秋場所も特に重圧はなかったし。今まで通りですよ。

こっちが求める答えなんか、わかってると言わんばかりにニヤニヤして、おかしそうに答えていた。

親方、力士仲間が彼を語る時、決まって「場所相撲」という言葉を使う。稽古は全力を出さず、抜く部分は抜く。横綱鶴竜など「う~ん、もっと力入れてやった方がいいと思うけどなあ…。僕なんかは、そうだったし」と期待の裏返しのように、はっきり言う。

そういう声をぶつけられる時、御嶽海はハイそうですね、とは言わない。決まって、自分には自分のやり方がある、といった旨のことを強調する。そこはずっとブレない。

大関とりは秋場所こそ失敗したが、まだ終わった訳ではない。「ゆっくりでいい。ゆっくりいきます。1年前よりは、確実にベースは上がってますからね」。

きっと彼には彼なりの工夫がある。裏で、人目につかない場所で培っているものがある。ないわけがない。照れ隠し、彼なりの格好良さ。ただ、そんなことを聞いても、きっと「そんなのないですよ」と否定するだろう。

こっちも人間だから、見た目頑張っている人間を応援したくなるが、心のどこかで「そればっかりでもなあ…」と思う部分はある。多士済々の方が、楽しい。御嶽海が彼の流儀を貫き、大関を射止めれば…それはそれで、おもしろい。ぜひ見てみたい。【加藤裕一】

女子プロボウラーの右から名和秋、渡辺けあきが見守る中、ボウリングのフォームを披露した御嶽海
女子プロボウラーの右から名和秋、渡辺けあきが見守る中、ボウリングのフォームを披露した御嶽海