大相撲の元大関若嶋津で元二所ノ関親方の日高六男(ひだか・むつお)さんが15日、肺炎のため千葉県内の病院で死去した。69歳。鹿児島県出身。「南海の黒ひょう」の愛称で親しまれ、2度の幕内優勝を果たした。アイドル歌手の高田みづえさんとの結婚も話題となった。9年前の秋に倒れて頭部の手術を受け、療養生活を続けていた。親方として、小結松鳳山ら7人の関取を育てた。
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元大関若嶋津の二所ノ関部屋の上がり座敷には、「誓詞」が貼ってあった。相撲字でこう書かれていた。
「誓詞
今日一日
怒らず恐れず悲しまず
正直 深切 愉快に
力と勇気と信念とをもって
自己の人生に対する責務を果たし
恒に平和と愛とを失わざる
立派な人間として活きることを
厳かに誓います。」
親方の生きざまを示していた。分け隔てなく人にやさしく、人望があった。転倒して頭部を強打し、手術を受けた。リハビリ中に受け取った多くの千羽鶴はその後、ずっと稽古場に飾っていた。
元関脇金剛の二所ノ関親方が急逝した後、看板が重すぎて誰も継承しようとしなかった名跡「二所ノ関」は、一門の親方衆から推される形で引き受けた。
稽古場では多くを言わなかった。「土俵の鬼」こと初代横綱若乃花の二子山部屋で育った。稽古場には師匠の写真を飾っていた。師匠と同じように口数は少ないかわりに、常に目を配った。「力を抜いたら、もちろん怒る。準備運動もきちんとしないとケガにつながる。ケガをさせないように、稽古場では緊張感を保つ」と話していた。
最期の日は、周囲への感謝を口にしていたと伝え聞いた。生前、親方はおかみさんに感謝していた。国民的歌手だったが、おかみさんになってからは裏方に徹し、弟子の中には入門してから前歴を知る者も少なくなかった。親方は「裏でいろいろ(力士と)話をしてくれるのがいいこと。悩んでいる時とかね」と言っていた。人を愛し、人から愛されるやさしい人だった。【佐々木一郎】

