香港からハリウッドに活動の幅を広げるアクション俳優ドニー・イェン(62)が製作、監督、主演を兼ねた「プロセキューター」が26日公開される。戦う検事を主人公に香港の裏通りや地下鉄を舞台に新味たっぷりの格闘シーンが繰り広げられる。ドニーの信頼を得てアクション監督を務めたのが大内貴仁氏(49)だ。「SP」「はたらく細胞」など、スタイリッシュなアクションで魅せてきた大内氏に聞いた。

- 「プロセキューター」の1場面 (C)2024 Mandarin Motion Pictures Limited/Shanghai Huace Pictures Co., Ltd. All Rights Reserved
巨悪追及に限界を感じた敏腕刑事が、検察官に転職して法廷の内外で奮闘する。「ローグ・ワン」「ジョン・ウィック:コンセクエンス」などハリウッド作品にも実績を残してきたドニーならではの異色作に、大内氏は日本から9人のスタントチームを率いて参加した。
「日本のチームで香港を代表するドニーさんの映画を担当するというのは異例なことだし、不安の方が大きかったですね」
ドニー主演の「燃えよデブゴン TOKYO MISSON」(20年)のアクションコーディネターを務め、その仕事ぶりで信頼を得た。
「同じキックをしても、パンチをしても、他の人とはまったく違う見え方をするのがドニーさんです。62歳ですよ。それを感じさせない、見せ方を知っている人です。ドニーさんのアイデアもあって冒頭のアクションは『ゲームのような感覚』を大切にしましたが、その中にドニーさんしかできない動きを生かし、お客さんを作品世界に引き込もうと心がけました」
撮影現場では変更が当たり前の香港流が貫かれた。台本はあってないようなもの。最大の見せ場、地下鉄内のアクションも例外ではなかった。
「逃げ場のないところでのバトル。法廷に向かうタイムリミットの中で感情移入しやすい場面です。車内の電気が進行方向に順番に消え、暗転していく演出も効果的だったと思いますが、実はあれは、その場でドニーさんが追加したんですよ。計画的に進める日本だったら『絶対無理』となりますが、ジャッキー(・チェン)以来の伝統があるから、なんとかしてしまう。セットの担当者がどうやって実現したかは謎ですが、臨機応変の対応に改めてリスペクトですね」
一方で、車内の鉄柱などを生かした多彩なアクションは大内氏のチームがちみつに組み上げ、ノンストップで進行するシーンに見応えがある。時として香港作品にありがちなワンパターンも感じさせない。国際的に活躍するドニーが大内氏を起用した理由が分かる気がする。
「多人数を1人で倒すシーンに説得力を持たせるためには誰かを盾にしたり、環境や空間を生かす。不可能だろと思われたらシーンそのものが寒くなっちゃう。現場ではどんどん変更が加わりますが、そこだけは外さないように工夫を重ねていきました」
23歳の時、単身香港に渡った。
「子どもの頃からジャッキー・チェンのアクションが大好きだったんですね。小学校の時には空手を、高校からはレスリング。で、大学を出て、アクションクラブへの入会とか、自分なりに準備していたんですけど、この世界で23歳は若くない。まずはチャレンジしようと。オカンにジーパンに内ポケットを縫ってもらって、そこにバイトでためたお金を25万ずつ計50万詰めて…。まずは(滞在ビザ期限の)3カ月が目安でした」
タウンページ風の電話帳を元に手当たりしだいに電話をかけたり、日本人向けのフリーペーパーに広告を出すなど、無手勝流でスタントマンへの道を探った。
「3カ月目に奇跡のようにエキストラの仕事が入ったんです。そこに出ていたのが憧れの『酔拳2』でお父さん役をやっていたティ・ロンだったんですよ。自分なりにメドがついた気がしました。それから何度か3カ月滞在を繰り返すことになったんです」
滞在中に出した応募FAXに反応した1人がアクション監督のブルース・ロウで、後にジャッキー・チェンのCM収録にスタンドインとして呼ばれるきっかけとなった。
「収録現場でアクションの準備をしていた時に『今日はジャッキーが来るよ』と。憧れの人に会える。もう緊張MAXだったのですが、ジャッキーはセクウェイでスーッと通り過ぎて行きました(笑い)。ほんのチラ見だったのですが、感激でしたね」
帰国後は谷垣健治アクション監督の元でキャリアを積み、10年に「SP」でアクション監督。アクションコーディネーターを務めた「るろおに剣心」(12年)では佐藤健の「壁走り」が注目された。今作でアクション監督に招かれたことはいわば修業の地、香港への「凱旋(がいせん)」となった。
今年4月、香港のアカデミー賞と称される香港電影金像奨に「プロセキューター」がノミネートされ、レッドカーペットを歩く栄誉にも浴した。
「香港からアクション監督として招かれたこと自体、僕にとっては特別なことだったんですけど、まさかあの場に立てるとは。感慨深いひとときでしたね」
出身地大阪の「お笑い」のように香港には「アクション」が根付いていると感じている。
「日本語を教えていた若い女性たちとカラオケに行った時、雑談の中で彼女たちはドニーさんのキックとジェット・リーのバックキックがどう違うのか、その魅力の分析を始めるわけです。大阪におけるお笑いみたいな。実は大阪弁と広東語はイントネーションが似ていて、香港の人は大阪に行くと地元に帰ってきたような気がするそうですよ。確かに僕も最初から妙に香港になじめた気がします」
【相原斎】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「映画な生活」)
◆大内貴仁(おおうち・たかひと) 1976年(昭51)8月22日、大阪生まれ。大阪体育大学浪商高、同大の7年間レスリングに励む。香港修行を経てアクション監督谷垣健治に付く一方で、ドニー・イェンのスタントダブルを務めた。10年「SP野望編」で初のアクション監督。






