ホーム 東京オリンピック2020 陸上 ニュース RSS 「確実にメダルを狙えたな」橋岡優輝走り幅跳び6位 パリ五輪への思い強く [2021年8月2日16時18分] 通知ON 通知OFF 男子走り幅跳び決勝、6回目の跳躍に臨む橋岡(撮影・江口和貴) <東京オリンピック(五輪):陸上>◇2日◇国立競技場◇男子走り幅跳び決勝 37年ぶり入賞にも悔しさばかりが残った。橋岡優輝(22=富士通)は8メートル10で6位だった。銅メダルのマイケル・マッソー(キューバ)は8メートル21。自己記録8メートル36も含め、6月の五輪前2試合は、それ以上の跳躍を見せていた。日本勢の同種目入賞は84年ロサンゼルス五輪7位の臼井淳一以来の快挙だが、36年ベルリン五輪銅の田島直人以来、85年ぶりのメダルには届かず、無念さをにじませた。 ◇ ◇ ◇試合が終わると、橋岡は結果が表示されたスクリーンに目をやった。3位は8メートル21。「確実にメダルを狙えたな」。しみじみ思った。その後、最終6回目に8メートル41の大跳躍で逆転金メダルを獲得したミルティディ・テントグルの方をじっと見つめた。ギリシャ国旗を背中にまとい、歓喜に浸る姿を目に焼き付けた。もともと親交があり「いいジャンプだったね」と祝福すると「アブナカッタヨ」と日本語で言われた。ほほ笑ましい会話もあったが、「この悔いを返す。3年ある」。そう24年パリ五輪への思いを強くした。6回目。正真正銘の最後の跳躍。「やるしかない。けがをしてもいい」。その覚悟は、助走位置へ行く時にも現れた。今までは冷静な表情のまま助走位置へ向かっていたが、1度、ほえた。それから、じっと前を見つめ、理想の跳躍のイメージを描く。いつものように、右つま先で地面をトントンたたきながらリズムを取り、大きく反ってから走りだした。5回目までは体が少し浮いていた助走は、鋭さを取り戻した。ただ、記録は8メートル10まで。これまでの最高7メートル97こそ上回ったが、メダルには12センチ届かなかった。両手を広げ、深々と一礼。その後、こみ上げる感情を抑えるように、強く唇をかみしめていた。橋岡にとっては、銅メダルの8メートル21は、現実的に残せる数字だった。6月6日のデンカチャレンジ杯は8メートル23、6月27日の日本選手権は8メートル36で優勝。その事実があるだけに、悔しさは増幅した。2日前の予選は8メートル17の1本だけで通過したが、初めての五輪の舞台に体は疲労を感じていた。周りは海外トップ選手だらけ。「経験不足がまだあったのかな」。独特の雰囲気を力にできなかった。父利行さん(57)は棒高跳びで日本選手権5連覇を含む7度優勝、母直美さん(52)も100メートル障害で高校総体3連覇など、まさに華麗なる一族で育った。ただ、これからは世界を日常にする3年間が始まる。来年以降は海外に拠点を移すことも検討している。「もっと海外選手と知り合って、いい雰囲気で試合に臨むことも必要なのかな」。見据えるのはメダルじゃない。金メダルだ。「3年後のパリでは金メダル獲得を実現できるだけの力を付けていこう。そう一段と強い思いです」。この日、焼き付けた光景、心に刻まれた感情を原動力としていく。すべては3年後のパリで誇らしげに日の丸を掲げる。【上田悠太】 ◆橋岡優輝(はしおか・ゆうき)1999年(平11)1月23日、さいたま市生まれ。同市・岸中から陸上を始める。八王子学園八王子高から本格的に走り幅跳びに専念し、3年時は高校総体、国体、日本ジュニア選手権と高校3冠を達成。18年世界ジュニア選手権金メダル。19年世界選手権は8位に入り、日本勢初入賞。趣味は釣り、ゲーム。183センチ、75キロ。