今季限りで引退を表明し、歯科医を目指す意向を表明している男子110メートル障害の金井大旺(25=ミズノ)は壮絶な形で集大成の東京五輪が終わった。準決勝2組。26秒11の8着で落選した。

8台目の直前。右レーンの選手と腕が接触し、バランスが崩れた。推進力を失いながら、必死でハードルをまたいだが、足が強くぶつかった。体は耐えきれず、視界は大きく揺らぐ。ライバルの背中が遠のく中、自分は前のめりに倒れていた。手と膝はトラックに付き、四つんばいとなった。「真っ白になった」。集大成のレースは、予想もしない結末。転倒は法大3年時以来の5年ぶりだった。

「挑戦が終わってしまったな。次の挑戦はないんだな」。いろんな感情が渦巻きながら、もう1度、立ち上がった。「離脱する選択肢はなかった」。最後まで雄姿を見せることが支えてくれた人への感謝を示すことでもある。再びゴールへと進んだ。無観客のスタジアムは拍手と声援に包まれた。「温かみを感じました」。13秒16の自己ベストから約2倍の記録で走り終えると、自分が走ってきたレーンの方へ振り返った。深々と一礼した。

取材エリアに来ると、最初は言葉が出なかった。「少し時間がたって…挑戦してきて…」。そう言うと、20秒詰まった。頭と心の中を懸命に整理して「すいません」と絞り出した。

東京五輪を集大成の舞台とし、競技は今季を最後とし、歯科医師の道を目指す。北海道・函館の実家の歯科医院を継ぐ覚悟を決めている。進学校・函館ラサール高の出身で、昔から「人に感謝される仕事である医療従事者になりたい」との思いが強かった。家族からは競技を続けていいと言われている。しかし、時間は限られているから、今、この瞬間に最善を尽くせると考える。今季は13秒16の前日本記録をマークするなどまさに全盛期を迎えているが、そのまま引退する決意は固い。

もう1度チャレンジする気持ちがないか、あらためて聞かれた。

「チャレンジするならば、決勝にいけるかもしれないと感じるが、最初で最後と決めたからこそ、ここまでの準備ができて今の実力がある。この挑戦のためだけに、細かい部分までやってきて、少しずつタイムも実力も上げてきた」

その姿は、取材エリアに来た時とは、まったく変わっていた。やり切った表情だった。【上田悠太】