クリアソン新宿でプレーする千葉丈太郎(C)2022 Criacao
クリアソン新宿でプレーする千葉丈太郎(C)2022 Criacao

日本フットボールリーグ(JFL)に今季から参入したクリアソン新宿(東京)に、JFL初勝利をもたらした男は、コンサルマンだった。

クリアソン新宿は開幕から8戦勝ちがなかったが、4日のソニー仙台戦で、2-0から2-2に追いつかれる嫌な展開の中、ロスタイムの後半46分に、DF千葉丈太郎(26)がゴール前の混戦を制して押し込み、歴史的な勝ち越しゴールをあげた。

ジャンプしながら右手を振り上げた。雄たけびを上げ、無我夢中でコーナーフラッグの方へ走るとベンチ、フィールドの選手が駆け寄ってきて、もみくちゃにされた。

ゴールを決めた千葉は、先発メンバーの中で唯一、クラブ以外の会社でサラリーマンをしながらサッカーを続ける苦労人だ。

JFL第10節、ソニー仙台FC戦で決勝ゴールを決めて喜ぶクリアソン新宿の千葉丈太郎(C)2022 Criacao
JFL第10節、ソニー仙台FC戦で決勝ゴールを決めて喜ぶクリアソン新宿の千葉丈太郎(C)2022 Criacao

簡単に経歴を記すと、都立駒場高校から、1年の浪人期間を経て、関東大学2部リーグ所属の東京学芸大に入部、3年時から関東リーグでプレー。卒業後はコンサルタント会社に入社してクリアソン新宿に加入し、今季で4年目となった。

貴重なゴールを決めたことについて「よかったというホッとした気持ち。これまでのサッカー人生であんな時間に点をとったことがない。応援してくれた人たちに恩返しができたのがすごくうれしかった」と率直な思いを明かした。

クラブにとって歴史的な初勝利を自ら決定づける大仕事をやってのけた。

「純粋にうれしかったし、これまで怒られながら、迷惑かけながらも使い続けてくれた監督に恩返しできた」

千葉は大学卒業を機にサッカーには一区切りをつけるつもりだったという。大学時代に、関東リーグでプレーし、一定の満足感もあった。仕事に100%注ごうと考えていたが、プロを目指していた大学の同期で現チームメートの高橋滉也(26)の影響もあり、当時、関東2部リーグへの参入を決めていたクリアソン新宿でサッカーを続ける選択をした。

「社会人サッカーってよくわからなかったので、とりあえず滉也と話を聞きに行くかと。そうしたらすてきな人ですてきなチームで。監督と運営部長と、就活の面談みたいなものをして、1週間練習参加があって、正式に入ることになりました」

大学時代に高いレベルでプレーしていたこともあり、「社会人サッカーをなめていた」と言う。「レベルもたいしたことはないだろうと。やれるだろうって思っていた」。

唯一の不安は仕事面。プロジェクトで長期出張が入った際に両立できるかどうかという物理的な問題だけだった。そんな矢先、初めて「出社→追い込み練習日」を経験した4月の上旬、太ももの裏の肉離れを負った。全治3カ月。初年度シーズンの出場時間は累計90分にも満たなかった。

「仕事に100%を注ごう」と意気込んでいたにも関わらず、けがをしてまでサッカーをなぜ続けたのか。

「仕事で疲れて、サッカーしているのにうまくいかない。葛藤はありましたね。ただ、サッカーへの基本的なスタンスとして、トレーニングは苦しいものというのがあったので、自分を見失っている感じはなかった。(元徳島で現在はクリアソン新宿のブランド戦略部PR・デジタル戦略室長の)井筒陸也というスーパーな人間にかわいがってもらったり、(元ジュビロ磐田、水戸ホーリーホックなどの)岡本達也に頑張りを認めてもらったりしたのと、元プロの選手と同じ環境でサッカーができること、チームの哲学とかに共感した部分で保っていたんだと思います」

自身がふがいないシーズンを送る中、チームは関東1部リーグへの昇格を決めた。20年シーズン、リーグのレベルは上がったが、千葉にとってはコロナ禍がサッカーにおいて良い方に作用したという。

千葉の務める会社ではフルリモート、フルフレックス制が導入された。朝早くに仕事を始めたり、練習後に仕事をこなしたりするなど、サッカー中心の生活が可能になった。通勤などのストレスがなくなり、良いコンディションを維持し、出場機会の増加につながった。リーグ戦の最終順位は5位でJFLへの昇格を逃したが、来季への道筋は見えたという。

21年シーズン、千葉と同じサイドバックに、J1リーグ通算365試合出場の小林祐三氏が加入することが決まった。

「正直勘弁してよって思ったけど、祐三くんとサッカーできるんかってワクワク感の方が大きかったかもしれないですね」

そのシーズン、チームはリーグ優勝。全国地域サッカーチャンピオンズリーグを勝ち抜き、JFL・地域リーグ入れ替え戦に勝利してJFLへの参入を決めた。

JFL第10節、ソニー仙台FC戦で勝ち越しゴールを決めたクリアソン新宿の千葉丈太郎を祝福するメンバー(C)2022 Criacao
JFL第10節、ソニー仙台FC戦で勝ち越しゴールを決めたクリアソン新宿の千葉丈太郎を祝福するメンバー(C)2022 Criacao

千葉は「乗った船が豪華でした」と冗談めかしつつ「なんかもうサッカー人生のピークを常に更新し続けている感じです。元プロ(選手)と一緒のチームで本気でやれることもないし、JFLですからね? これまでのサッカー人生で、全国大会に出たことない者が、全国リーグでやっているのはわけわからないですよね」とどこか人ごとのように笑った。

大学時代、プロを目指していた先輩や同期、後輩がJFLでサッカーを続けている。そのカテゴリーに「なぜか自分がいる」というような感覚だという。

「ちょっと角が立ちますけど」と断りながら「大学時代、『サッカーうまいやつが偉い』っていうことにアンチテーゼを感じていた。サッカーだけが全てじゃない。サッカー選手ってもっとやれることあるなって。今、両立しながらサッカーのうまさだけに価値基準を置いていないチームでかっていきたいというのは1つ目標としてありますね。ただ、大学の時に一緒にやっていた選手とやれるのは純粋にうれしいです」。仕事と両立しながらサッカーを続ける意味をそう説いた。

初めて体験する全国レベル。「少しでも甘いプレーが続くと得点できなかったり、失点してしまう緊張感があって、プレー強度も高い」と語る。

遠征の範囲も広がった。アウェーで東北などに行けば、日曜深夜に帰京しても、翌朝から仕事がある。チームで働く選手は月曜休みが多く、優遇されているが、外の会社で働く千葉には、そのような措置はなく、身体的には厳しさもあるという。

クリアソン新宿でプレーする千葉丈太郎(C)2022 Criacao
クリアソン新宿でプレーする千葉丈太郎(C)2022 Criacao

ただ、大学サッカーを引退して4年目に突入した今、成長を実感しているという。

「元プロの選手から教えてもらったり、戦術面での知識、サプリメントなどコンディション面での知識なんかもはるかに大学時代を上回っています。頑張る方向性が違うというか、頭で解決する部分が増えましたね」

会社では上司やカウンセラーも応援してくれている。家族も試合を見に来てくれたり、配信を見たりして連絡をくれる。「孝行息子でしょ」といたずらに笑う。

クリアソン新宿は、サッカーを通じて、世の中に感動を創造し続ける存在でありたいというスローガンのもと、「2026年に世界一」という壮大な目標を掲げている。

今年で27歳を迎えるが、「その年(26年)まではプレーヤーである可能性もあるので、目指すために全身全霊でがんばりたい。ただ、チームがステップアップして選手として貢献できなくなるのは想像できている。そうしたら、潔くバトンを渡すだけ。貢献できないと思ったらスパイクを脱ぐんだと思います」。

今季の結果には満足していない。「目標は残留ではなく昇格。正しいマインドで正しいことをすれば結果は付いてくると思う。巻き返したい」と鼻息荒く誓った。

JFL第10節、ソニー仙台FC戦で決勝ゴールを決めたクリアソン新宿の千葉丈太郎(C)2022 Criacao
JFL第10節、ソニー仙台FC戦で決勝ゴールを決めたクリアソン新宿の千葉丈太郎(C)2022 Criacao

10月9日には「キング・カズ」こと55歳になる三浦知良の所属で注目を集める鈴鹿ポイントゲッターズと、国立競技場で試合が組まれている。

「運営的にもチャレンジだし、チームとして試金石になる。自分はプレーヤーなので、サッカーの枠組みで価値を創出して、役割を全うしたい。やれることをやって、チャンスをつかみたい。サッカーをやっている人の中でごく数%の人しか経験できないすばらしい経験をさせてもらっている。カズさんは、もはや想像もできないですが、リスペクトしかないです。サッカーの舞台で、胸借りてしっかり勝ちたいです。楽しみです」

インタビュー中、コンサルマンらしく終始、理路整然と言葉を繰り出した。しかし、国立競技場でカズと対戦することに話題が及ぶと、サッカー少年の顔になった。

多様性あふれる街をホームタウンにするチームらしく、選手のキャリアも異色だ。こんなサッカー人生があってもいい。【佐藤成】(ニッカンスポーツ・コム/サッカーコラム「サッカー現場発」)