カーリング女子で18年平昌五輪銅メダル、22年北京五輪銀メダルの吉田知那美(34)が、五輪卒業を宣言した。このほど都内で日刊スポーツのインタビューに応じ、3度出場した五輪を再び目指す考えはないと話した。「河野知那美としてかなえたい夢がある」と、3月末でロコ・ソラーレを退団した理由や今後について明かした。

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<吉田知那美の五輪>

◆14年ソチ五輪 13年12月の世界最終予選ではリザーブで出場なし。本番ではセカンド小野寺佳歩が開幕前にインフルエンザに感染し、代わって出場。1次リーグ9戦中8戦に出場。4勝5敗で準決勝進出を逃し、10チーム中5位だった。五輪後、北海道銀行から戦力外通告を受けて退団。

◆18年平昌五輪 本橋麻里の誘いを受けて14年に加入したロコ・ソラーレで、17年の日本代表決定戦で中部電力を下して五輪出場権を獲得。本番ではサードとして銅メダル獲得に貢献。1次リーグを4位で通過し、準決勝で韓国に敗れ、3位決定戦で英国に勝利して日本初のメダルを手にした。

◆22年北京五輪 21年の日本代表決定戦で北海道銀行(現フォルティウス)に2連敗からの3連勝で五輪最終予選出場権を獲得し、吉田としては3大会連続の五輪行きを決める。本番では1次リーグ5勝4敗で4位通過。準決勝でスイスに勝利し、初進出した決勝では英国に敗れ、銀メダルを獲得した。

◆26年ミラノ・コルティナ五輪 25年の3チームによる日本代表決定戦にチームとして「負けられない理由と勝つための理由がある」と宣言して臨むも、代表権を獲得できず、五輪出場を逃す。すでに吉田が退団の意向をチームメートに伝えており「(このメンバーで)最後だって私たちしか知らなかったけど、絶対に負けたくなかったのは、五輪に金メダルという忘れ物があったから」(吉田)。

◆吉田知那美(よしだ・ちなみ)1991年(平3)7月26日、北見市常呂町生まれ。小学2年からカーリングを始める。網走南ケ丘高卒業後、カナダ・バンクーバーに留学。11年北海道銀行入りし、14年ソチ五輪出場。同年ロコ・ソラーレ入り。22年7月に全日本スキー連盟アルペンのコーチを務める河野恭介氏と結婚。3姉妹の次女で、妹はロコ・ソラーレ吉田夕梨花。

【カーリング】元ロコ・ソラーレ吉田知那美が五輪卒業宣言「河野知那美としてかなえたい夢がある」/インタビュー