平昌五輪(ピョンチャンオリンピック)の閉幕日に20年東京五輪に向け吉報が届いた。ハーフマラソン日本記録保持者の設楽悠太(26=ホンダ)が2時間6分11秒の日本新記録を樹立した。自己ベストを3分近く縮め、02年に高岡寿成がつくった記録を16年ぶりに5秒更新。優勝したチュンバ(ケニア)に41秒遅れの2位でフィニッシュした。東京五輪の代表選考会グランドチャンピオンシップ(GC、19年秋以降)出場権を得て、日本実業団陸上連合から日本記録更新のボーナス1億円も贈られる。

 日本人1位を確信した設楽悠は、ゴールテープ前で人さし指を高く突き上げた。2時間6分11秒。「本当にきつかった」。フィニッシュ後に倒れ込んだのは初めて。「記録より勝ちたい」。16年ぶりに日本記録を塗り替えた勝負師は2日前の会見と同じセリフを繰り返し、ケロッとしていた。

 30キロ付近で先頭集団について行けず離され「もう負けたな」と心が折れかけた。36キロ手前の折り返し地点でトップとの差は16秒。支えは家族の応援だった。母悦子さん(53)の「まだ行ける!」の声にギアを上げた。38キロ付近でリオ五輪銀メダルのリレサ(エチオピア)、昨年日本人トップの井上を抜いて4番手。勝ちたい思いから、何度も後ろを振り返って確認した。

 キプケテル(ケニア)をかわして迎えた40キロの給水。家族が作った自分の似顔絵が描かれたタグをボトルから外し、右腕にくくり付けた。「LAST FIGHT」。タグに添えられたメッセージに力をもらい、直後にキプルト(ケニア)を抜いた。残り2・195キロ。沿道から「1億円だぞ」「日本新記録だ」と声援が飛び「励みになった」。タグのついた腕を大きく振り東京駅前を駆け抜けた。

 練習の常識を覆した。40キロを走り込んで試合に臨むのが通例だが「30キロしか走っていない。30キロ以降は気持ち次第」と貫く。勝負勘を磨くため試合数も意識的に増やし、昨年は今回出場した招待選手最多の18レースに出場。「練習もしっかりでき、試合の雰囲気も味わっていたからこそ、この結果が出せた」。初マラソンの前回大会から1年、3度目のレースの終盤にアフリカ勢をまくって2位に食い込み、手応えをつかんだ。

 記録更新の報奨金は宝くじクラス。設楽悠は「1億円、ゲットできて素直にうれしい。豪快に使いたい」と喜ぶ一方、「あと1人だった…」と“銀メダル”の悔しさものぞかせた。GC出場権を得ても「東京五輪はまだ考えていない。目の前のレースを」と語り、マラソン初優勝を渇望した。平昌五輪はテレビ観戦し、スピードスケート高木菜那の金メダルの走りに興奮。「日本人で金メダル2つは素晴らしい。僕も負けられない」。20年夏、日本中を熱狂させるのは、この男かもしれない。【戸田月菜】

 ◆報奨金1億円 15年3月、日本実業団陸上連合はマラソンで日本新記録を樹立した選手に1億円を支給することを決めた。指導者、チームに5000万円のボーナスも支給。実業団選手に限らず、新記録を出した全選手が対象。破格の金額を設定することで、記録的に停滞した状況から抜け出し20年東京五輪での活躍につなげる狙い。