<W杯スキー:男子ジャンプ>◇個人第13戦◇11日◇オーストリア・バートミッテルンドルフ、フライングヒル(HS200メートル、K点185メートル)

 ソチ五輪代表の41歳7カ月の葛西紀明(土屋ホーム)が、2回合計391・6点で優勝した。09年3月に岡部孝信(雪印メグミルク)が記録したW杯史上最年長優勝(38歳4カ月)を大幅に更新。自身の勝利も04年2月のパークシティー大会(米国)以来10季ぶりで、日本単独最多となる16勝目と記録ずくめとなった。

 今までに見たことのない光景が、目の前に広がっていた。葛西の史上最年長優勝が決まると、各国のライバルたちが滑り終えたランディングバーンに集まり、お辞儀をし、握手を求め、抱擁してきた。コーチボックスでは、日本人コーチだけでなく、外国人コーチたちも喜び笑顔を浮かべる。「レジェンド(伝説)」と言われる男の快挙を世界が祝福した。自身10季ぶりの勝利は、日本単独最多となる16勝目。「ようやく勝てた。緊張や不安に勝ててうれしい」と待ちに待った勝利に喜びを隠さなかった。

 向かい風の難しい条件だった1回目に196メートルを飛び首位。勢いに乗り迎えた2回目は、力強く飛び出すときれいな放物線を描いて197メートルまで飛距離を伸ばした。風邪気味で体調は万全ではなかったとはいえ、二十数年、世界のトップに君臨し続け、誰よりも遠くに飛ぶことを欲する男が、大好きなフライングヒルで金字塔を打ち立てた。「2回目を飛んだ瞬間からしばらく覚えていない。五輪はもっと重圧がかかる。こういう経験ができて良かった。五輪でもいい成績が出せると思う」と自信を深めた。

 有言実行だった。昨年12月に3位に入ったのを含め、今季これで11戦中9戦でシングル順位に入るなど好調を維持。年末年始のW杯遠征の出発前に「そろそろ勝てるような気がする。チャンスをつかみたい」と口にしていたが、あっさり現実にした。

 7日には、世界最多となる7回目の五輪代表が決まった。過去6度の五輪は、94年リレハンメル大会団体銀メダルのみで、98年長野大会では直前の練習でケガをし、団体メンバーから外れ金メダルを逃した。悲運のエースと言われ、屈辱にまみれてきたが「不惑の年」を超え、ようやく機は熟した。五輪での個人種目の最年長金メダルは39歳6カ月。悲願を果たし、新たな「伝説」を作る。

 ◆葛西紀明(かさい・のりあき)1972年(昭47)6月6日、北海道・下川町生まれ。東海大四高1年で世界選手権に初出場し、16歳8カ月の日本人男子の最年少出場記録を樹立した。W杯初出場(16歳6カ月)初優勝(19歳9カ月)も当時の最年少記録。94年リレハンメル五輪団体銀メダル。世界選手権では通算6個のメダルを獲得。177センチ、61キロ。独身。