日本人選手がメジャーで活躍するのが当たり前になった平成時代だが、そこに至るには先人たちの苦労があった。通訳や代理人として日米で多くの選手をサポートし、2007年(平19)に手術で男性から女性へ生まれ変わったコウタ(56=本名・石島浩太)。女優、ギタリストとしても活動する彼女の波乱の人生と日米の野球史を振り返る。

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性別適合手術を受けて女性となったコウタは2008年(平20)、ニューヨークでの生活に別れを告げ、日本へと戻った。

野球からはいったん距離を置き、ギタリストとしてライブハウスで演奏したり、ラジオ番組に出演したりと活動範囲を広げていった。10年には映画監督市川徹と出会い、映画「さくら、さくら」に出演。科学者・高峰譲吉の義母メアリーを演じ、女優としてのキャリアをスタートさせた。

電通ヤング・アンド・ルビカムで働いていた頃はアートディレクターとして活躍。CM製作では絵コンテを考えたり、配役や演出もこなした。そういう意味ではコウタにとって野球界の方が異業種だった。「もとのさやに戻ったという感じで、演技にはナチュラルに入ることができた。女性になってから『自分を表現したい』という気持ちがますます強まって、自分自身、今一番表現しやすいのが演技なんです」という。

現在はWander Wonder Film(ワンダー・ワンダー・フィルム)という映画製作グループに所属して活動中。「自分の考えと監督の考えがまったく違ったり、そういうのが面白くてね。自分の演技がどんどん進化しているのも分かるし」と充実した日々を送っている。

これまで出演した映画はショートフィルムも含めて10作品を数える。また俳優ブラッド・ピットがアスレチックスのビリー・ビーンGMを演じた映画「マネーボール」では字幕監修を務め、エンドロールに「KOTA」の文字も登場した。

一方、ギタリストとしてつくるのは哀愁を帯びたインストゥルメンタル曲が多い。通訳として言葉の重みを人一倍理解しているだけに、安易に歌詞をつけてリスナーの想像力を制限するのが嫌なのだという。また音楽は演奏してきた期間が長いだけに、ともすると技巧に走ってしまうこともある。その点、女優はより自由。「その役になって制約なく自由に表現することができる。それは私が女性になり、自分の人生を生きていくこととまったく同じだと思う」と話す。

コウタはかつて伊良部秀輝に「4、5万人が一斉に注目する中で投げるのはどういう気持ち?」と聞いたことがある。伊良部の答えは「僕らは一番“気”が集まりやすい丸いボールを、打たれまいとして投げるんです。バッターはその“気”を何とかはじき返そうとする。気と気のぶつかり合いなんですよ」。コウタにとって、魂をさらけ出す演技は大観衆の中でプレーする野球と一緒。「おこがましいけど、自分の中に真実を持ってやっていると、見ている人に伝わると思うんだよね」。演じる者のプライドが垣間見えた。(敬称略=つづく)【千葉修宏】

◆コウタ(本名・石島浩太)1962年(昭37)3月15日、東京生まれ。ダイエー、西武の通訳、渉外担当、ヤンキース環太平洋業務部長などを歴任。07年に性別適合手術を受け女性に。現在は女優、俳優長谷川初範のバンド「Parallel World」のギタリスト、映像配給会社で英テレビ局の日本向け担当も務める。