フリーアナウンサーの久米宏(くめ・ひろし)さんが1日、肺がんのため死去した。81歳だった。所属事務所の「オフィス・トゥー・ワン」が13日、公式サイトで発表した。葬儀は近親者で済ませた。
久米さんは元TBSアナウンサーで、同局の伝説的な生音楽番組「ザ・ベストテン」の司会を、黒柳徹子とともに長らく務めた。正確なデータに基づくランキング番組で、最高視聴率は41・9%を記録した。
「それまでの音楽番組とは違う、出演者のリアルな反応、ライブ感やスリル感を伝えたい」。黒柳とともにこだわり続けた。
1978年(昭53)1月19日の第1回放送。ベスト10の内、中島みゆき、西城秀樹ら4人(組)が欠席した。リアル感にこだわる久米さんは欠席者の順位発表のたびに「申し訳ございません」と、視聴者に向かって謝罪。スケジュールの都合がつかなかった、など理由を説明した。
久米さんの「謝罪」は番組恒例となり、逆に出演辞退者を外さない番組として信頼性を高めていった。
出演者のリアル感を引き出すために、今では考えられない行動にも出た。山口百恵さんが79年3月に「いい日旅立ち」で10位になった際、百恵さんのお尻をつかんだのだ。後のインタビューで「百恵さんの新鮮な反応を引き出したかった」と振り返っている。
久米さんは百恵さんの大ファンで、信頼されていた。80年10月5日の、東京・日本武道館での引退コンサートをTBSが生中継した。久米さんが実況を担当した。コンサートは予定より約10分早く終了した。久米さんは動じることなく、見事に話術でつないだ。
松田聖子が80年9月18日に「青い珊瑚礁」で初の1位を獲得した。番組では父母との中継などを仕込んだ。聖子は思わず泣き顔を見せた。黒柳が「泣いていましたね」と言うと、久米さんは「涙は出ていなかったような気がします」と、リアルに伝えた。
その後、意に反して聖子の「ウソ泣き」が1人歩きしてしまったが、久米さんは後に「それがプロの証し」と、聖子のすごさを語っている。
単に娯楽番組ではなく、事実をリアルに伝えた。のちに報道キャスターとして成功する姿勢と、なんら変わらなかった。【笹森文彦】



