【ホークス週間➁王監督最後の指揮】批判も胃がんも乗り越え…「重い」国民栄誉賞第1号の誇り秘めて14年

ウィークデー通しのホークス特集。第2弾は、王監督最後の指揮をプレーバックします。名誉を極めた東京から福岡での勝負を選び、14年。日本一2度と常勝の礎を築き、秋山監督へバトンを渡しました。最後のミーティングは「14年間お世話になった。厳しくしたりもしたが、君たちにレベルの高い選手になってほしいから。プライドを高く持った選手を目指してほしい」。気高い。(2008年10月8日掲載。所属、年齢など当時)

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日刊スポーツ

◆王貞治(おう・さだはる)1940年(昭15)5月20日、東京生まれ。早実から59年に巨人入り。62年から13年連続本塁打王、73、74年に3冠王を獲得。長嶋茂雄とともに巨人の9年連続日本一に貢献した。756本塁打の世界記録を樹立した77年に初の国民栄誉賞受賞。80年に引退。通算成績は2786安打、868本塁打、2170打点、打率3割1厘。首位打者5回、本塁打王15回、打点王13回、最優秀選手賞9回、ベストナイン18回。巨人、ダイエー、ソフトバンクで19年間監督を務め、1315勝1118敗。リーグ優勝4回、日本一2回。06年第1回ワールド・ベースボール・クラシックの日本監督として優勝。現在はソフトバンク球団会長兼特別チームアドバイザー。現役時代は177センチ、79キロ。左投げ左打ち。血液型O。

在任中、第1回WBCの監督に。見事初代王者=2006年3月20日

在任中、第1回WBCの監督に。見事初代王者=2006年3月20日

ソフトバンク王貞治監督(68)が7日、ホークス監督14年間のラストゲームを終えた。最下位決戦となった今季最終戦は延長12回サヨナラ負け、12年ぶりの最下位で監督最終年度を終えた。現役時代は世界最多の868本塁打を放った「世界の王」は、監督として巨人、ダイエーでリーグ制覇し、第1回ワールド・ベースボール・クラシックでは世界一、と50年間の野球人生で常に日本球界の中心にいた。日本プロ野球が世界に誇る「王貞治」はユニホームを脱ぎ、ファンが愛する「王さん」として球界発展に寄与する。

★珍し 痛烈なひと言

午後10時7分、Kスタ宮城には涙雨が降り続いていた。ソフトバンク王監督の最終戦は、延長12回サヨナラ負け。12年ぶりの最下位で、14年間のホークス監督に終止符を打った。

「最後を勝利で飾れずに残念、その一言に尽きる。最後の最後まで、野球好きな僕にふさわしく、12回もやったし。そういう点では良かった」。試合後は楽天野村監督に花束を贈られ、場内のファンに両手を振って、別れを告げた。

現役選手として世界記録の868本塁打を放ち、監督として両リーグ制覇、日本一、そして06年にはWBCで世界一も達成した。プロ野球人生50年。常に看板を背負い、栄冠を手にするたびに、重みも増した。

秋山チーフコーチと。帝王学を引き継ぎ在任6年で日本一2回

秋山チーフコーチと。帝王学を引き継ぎ在任6年で日本一2回

北京五輪の水泳男子平泳ぎ金メダリスト、北島康介に国民栄誉賞の話題が挙がった際、王監督は言った。「君たちも、国民栄誉賞を1日でも体験してみればいいんだよ。そうすれば、こんなに簡単に扱わないだろう」。

世界記録の756本塁打を放った77年、国民栄誉賞第1号を贈られた。「やっぱりね、重いというか、行動には気を付けるよ」。95年のダイエー監督初年度、冗談交じりに興味を示したパチンコ店の入店も、この14年間で1度もなかった。ただでさえ注目されるプロ野球選手以上の制約を、当然として受け止め、野球人生を歩んできた。

★歯を食いしばりリハビリ

8月14日には食物を腹部に詰まらせ、ロッテ戦を休養した。その翌日の試合後、王監督は何事もなかったように振る舞ったが、実は試合中のベンチ内は騒然とした。

連日で腹部が詰まり、激痛に襲われた。横たわる王監督をトレーナーが懸命の介抱に努め、球団関係者は連盟と連絡を取り、監督の途中退場を打診したほど。昼食はおかゆやゼリーなど飲み込みやすい食事だったが「これじゃ、もう何も食べられない」。そんな弱気も行動で打ち消した。体調が回復した試合終盤にはガッツポーズも見せ、周囲を安心させた。

胃がんの手術、リハビリを終え退院=2006年8月2日

胃がんの手術、リハビリを終え退院=2006年8月2日

野球を愛し、ユニホームと生きた。06年7月17日に胃がんの手術を受けた。その翌日には病院内でリハビリの歩行訓練を始めた。

ストップウオッチを握り、歯を食いしばり、タイムを計測する。原動力は現場復帰への思い。主治医の北島政樹・国際医療福祉大学副学長(67)は「点滴台を持ってましたが、普通の人にはできない。それだけ早く復帰したかったのでしょう」。

退院後は入院中の様子を漏らさないよう、親族、関係者にかん口令を敷いた。強い「王貞治」に徹した。

★「生きている限り」

今後は球団のGM的立場で側面から支援する。日本プロ野球組織からは、第2回WBCのアドバイザー就任を要請され、すでに加藤コミッショナーが孫オーナーを訪ね、本社の了承を得た。

「1つの幕を引きますが、生きている限り、野球界にいい形で、米国との力の差を埋められる方向で役に立ちたい」と今後の活動に前向きな一方で、退任後は九州の温泉巡り、魚釣りにも興味を示す。「長い間、本当にありがとう」とユニホーム最後のメッセージはファンへの謝辞だった。ユニホームは脱いでも、みんなが「王さん」を離さない。それが、王貞治という人だ。

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①ダイエー初優勝 王監督&中内オーナー