19年世界選手権優勝の山西利和(25=愛知製鋼)が日本競歩2大会連続の表彰台に立った。1時間21分28秒で銅メダル。16年リオデジャネイロ五輪男子50キロ競歩銅メダルの荒井広宙に続き、日本の力を証明した。京都・堀川高、京大と進んだ25歳が、自国開催の五輪で確かな実力を証明した。

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隙を見せない調整で、山西がスタートラインに立った。7月24日、北海道・千歳市で行われた競歩日本代表公開練習でこう言った。

「涼しければ地力の高さを出しやすいし、暑ければ暑いほど、コンディションは悪くなっていく。僕の得意な展開かなと思いますし、どのパターンがきても、いいところに引きずりこめたらと思っています」

19年10月、ドーハで行われた世界選手権優勝での五輪内定から1年10カ月。新型コロナウイルスの影響で周囲の環境は変わっても、その地力は健在だった。

京都・長岡第三中までは府大会にも届かない3000メートルのランナー。人生は進学校である堀川高入学後に変わった。当時、顧問を務めていた船越康平さん(47)は「チャンスが広がる」と部員に幅広い種目を経験させていた。1年の6月ごろから競歩の練習を並行。夏の京都の新人戦で優勝し「結果が出るのがうれしかった」。2年時から競歩をメインに据えた。

午後4時半から練習は約2時間。競歩未経験の船越さんは他の指導者から練習法を学び、最適と思われるトレーニングを組み合わせた。学校のグラウンドは直線にすると約40メートル。徒歩10分の二条城や京都御所に出向き、常に対話しながら力をつけた。3年夏には世界ユース選手権で1万メートルを制した。

こだわるのは歩型。現在指導する内田隆幸コーチ(75)からは「世界一の歩型を作るぞ」と事あるごとに伝えられてきた。「世界一の歩型でゴールしなさい。『日本の選手は素晴らしい歩型で歩く』と証明してほしい。それがなければ成功しない」。その言葉を胸に刻んできた。

競歩の代表的な2つの違反は、いずれかの足が地面につかなければいけない「ロスオブコンタクト」と、接地する時に膝が曲がってはいけない「ベントニー」。3回の歩型違反で2分の待機が課せられる。自らの土俵に持ち込むために、違反は致命傷になる。目標の金メダルは逃したが、地道な鍛錬は晴れ舞台で生かされた。