今週の「東京五輪がやってくる」は「潜入」を特集する。第1回は柔道の総本山で東京ドームにほど近い文京区春日にある講道館。五輪の公式練習会場でもある柔道の聖地には、あまり知られていない“珍スポット”がある。本館には全日本柔道連盟(全柔連)などの団体、隣の新館には柔道の修行と研究に必要な設備が完備されている。ここでしか見られない貴重なお宝も紹介する。【取材・構成=峯岸佑樹】

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やはり最初は、柔道界のトップのもとへ。デジカメを片手に記者は、76年モントリオール五輪男子無差別級金メダルの上村春樹館長(70)を直撃。応接室に入ると、黒ソファの上にある「精力善用」の書が目に入った。恐る恐る聞くと、創始者の嘉納治五郎が死去する1938年(昭13)に書いた「最期の書」だった。いきなりの国宝級の逸品に動揺した。上村氏は「この部屋では一番貴重な物。バンクーバーに残っていたボロボロの書を他の紙に浮かしたらしい。この書を見ると身が引き締まる」と、その重責に緊張感を高めた。

室内を見渡すと、目移りする品ばかり。嘉納の銅像や、棚にはシリアルナンバー付きのウイスキーなどが置かれていた。その一角は通称「ワンチュクコーナー」で、幸せな国ことブータンのワンチュク国王からの贈り物が並べてあった。ブラジル産のパワーストーンや絵画なども飾られていた。ダメもとで各品の値段や価値を確認したが「分からない」の一点張り。「全てお金に代えられない価値がある」と納得させられた。新館2階の資料館にある勝海舟の書は、テレビ東京系「開運!なんでも鑑定団」で値段が付けられず、異例の鑑定お断りになったという。

嘉納一族以外で初めて館長に就任した70歳の柔道家は、現在も週2日は道場に立つ。同7階の大道場で行われた昨年12月の東京五輪男子66キロ級代表決定戦を想起し「24分間の試合であれだけ心が躍らされ、コロナ禍でもスポーツの力を感じた。安心安全を確保した上で、同じような気持ちになれる熱い夏を迎えたいね」と五輪開催を願った。

 

<柔道場 新館5~7階>

3フロアに道場がある。7階の大道場は420畳あり1度に4試合が可能、8階は900人収容の見学席がある。五輪の公式練習場に決まってから全フロア(11マット用)にエアコンを設置した。五輪期間中は、コロナ禍以降の国際大会と同じように各国が練習場を予約して1時間前後利用する予定。感染予防も徹底し、消毒なども実施する。

<宿泊施設 新館3階>

柔道関係者用の“ホテル”がある。シングル1泊5500円からと良心的な価格で、コロナ禍前は外国人や遠方者らが利用。繁忙期には稼働率8割以上だったが、コロナ禍以降はほぼゼロに。部屋にはユニットバス、共有スペースには洗濯機や乾燥室なども備わり、ビジネスホテルと変わらない。今年3月には国際大会に出場した東京五輪女子52キロ級代表の阿部詩ら女子選手4人が帰国後、講道館での2週間隔離を実施。宿泊施設を借り上げ、外部との接触を遮断して稽古に励んだ。食事は地下1階のレストラン「じぇびあん」から3食弁当を取り寄せた。全柔連の金野潤強化委員長は「ホテルの1フロア貸し切りは予算的に不可能だった。講道館のおかげ」と感謝していた。

<資料館 新館2階>

講道館の発展を伝える当時の資料や写真が多数展示されている。カイロでの国際オリンピック委員会(IOC)総会から帰国途上に氷川丸の船内で死去した嘉納のパスポートや、猛稽古を物語るほころびだらけの道着。日本が初めて参加した1912年ストックホルム五輪の競技別プログラムや、スウェーデン国王との晩さん会の食事メニューなどもある。19年8月の世界選手権東京大会前に一部増築し、国際柔道連盟(IJF)関連のパネルなども展示。入館料は無料。

<売店 新館1階>

柔道関連グッズはここで全てそろう。商品はTシャツやDVD、講道館バッグなど多数。女性店員に一番の人気商品を聞くと「(老舗柔道着メーカー)九櫻(くさくら)のマスク」と即答した。柔軟で強靱(きょうじん)な柔道着の刺し子生地を使用し、柔道ファンから大人気。1枚1200円と安価ではないが、まとめて10個近く買う人もいるという。手ぬぐいや護身術の訓練などで使用する木製のピストルも好評。

<トレーニングルーム 新館地下1階>

柔道関係者の秘密基地。入り口には「日本オリンピック委員会 柔道競技強化センター」の古びた看板が設置。扉を開けると、広々とした空間に、フィットネスバイクや各部位を鍛える器具などが完備された最新ジムだった。19年ラグビーW杯のキャンプ地で使用された器具を製造会社から無償提供してもらい、「ほぼリニューアル」(講道館担当者)したという。男子代表の井上康生監督らも肉体強化を図っている。

<その他施設>

講道館はビル内にある複数の店舗や団体とテナント契約を結んでいる。新館1階には、職員も頻繁に利用するホームセンター「コーナンドイト後楽園店」。経営統合などで店舗名は変わっているが、同所には20年近くホームセンターがある。本館6階には「講道館ビルクリニック」や同7階には「講道館ビル歯科」が入居し、選手や職員だけでなく近隣住民らも利用している。同5階の全柔連も店舗と同じで、毎月賃料を支払っている。

 

○…講道館職員の平野弘幸さん(56)は、東京パラリンピックで審判を務める。審判員12人の中で日本から唯一選出され「競技発祥国の代表として覚悟と自覚をもって裁きたい」と決意。18年に視覚障がいの国際審判員資格を取得し、国際大会で実績を積んだ。昨年の男子66キロ級代表のワンマッチでは副審を務め、冷静な状況判断とスムーズな試合運びに定評がある。

 

◆講道館 嘉納治五郎が1882年(明15)に創設した柔道の総本山。「精力善用」「自他共栄」の理念を掲げ、段位発行や大会開催などの普及活動を行う。12年に財団法人から公益財団法人に移行。最高段位の赤帯保有者は9段が17人、10段が3人。職員数は37人。