【箱根駅伝story〈12〉創価大】吉田響、東海大から覚悟の編入 「山の神になる」

創価大は10月の出雲駅伝で2位、11月の全日本大学駅伝で6位に入り、来年1月の箱根駅伝へ弾みをつけました。

その立役者となったのが、今年4月に東海大から創価大へ編入した吉田響(3年)。出雲5区で区間賞を獲得すると、全日本5区では区間新記録を打ち立てました。競技を辞めようと思った時期もありましたが、覚悟の編入を経て、輝きを放っています。

環境を変えること-。

吉田響がチームに与えた影響と、その過程を通じて学んだことを描きます。(敬称略)

陸上

吉田響(よしだ・ひびき)

2002年(平14)8月20日、静岡県生まれ。原里中から東海大翔洋高に進学。18年都道府県駅伝では6区で区間2位。東海大では1年で箱根駅伝5区・区間2位。自己ベストは5000メートル13分59秒44、1万メートルは28分59秒50。161センチ。

第35回出雲駅伝、2位でゴールし、喜ぶ創価大のアンカー吉田凌(左)

第35回出雲駅伝、2位でゴールし、喜ぶ創価大のアンカー吉田凌(左)

笑顔で迎えられたアンカー

吉田響は歓喜の中心にいた。

2023年10月9日。出雲ドーム。

優勝した駒澤大から1分43秒差ではあったが、アンカーの吉田凌(3年)を迎え入れるチームメートには笑みがたたえられていた。

晩夏の陽が雲の隙間から差し込む中、ゴールエリアに歓喜の輪ができた。

その中心で黒髪をなびかせながら、胸に込み上げる感情をかみしめた。

「今年の冬の自分からすれば、出雲駅伝を走って、チームメートとともに分かち合えることが想像できなかったですし、ありえないことだったので。うれしさもありましたし、ここまで頑張ってきてよかったなと胸にあふれた瞬間でした」

これまでの道のりを思い返し、目の前の光景と重ね合わせていた。

第98回箱根駅伝、往路を10位でゴールする東海大在籍時の吉田響(左)

第98回箱根駅伝、往路を10位でゴールする東海大在籍時の吉田響(左)

チームを去る決断

吉田響は21年春に静岡・東海大翔洋高から東海大へ入学した。

大学1年の箱根駅伝では5区区間2位をマーク。17位でタスキを受けると、7人抜きの力走で往路10位へと順位を押し上げた。

同2年の全日本大学駅伝関東地区選考会(1万メートル)では1組で出走すると、4000メートルから前へ出て、2位に約46秒差をつけてみせた。箱根駅伝予選会ではチームトップの26位に入り、9位通過に貢献した。

活躍が光った一方で、チームの方針とのズレや精神の不調もあり、駅伝シーズンは表舞台に立つことがなくなった。練習へも足が向かなくなった。

陸上への思いは、揺らぎながらも、ゆっくりと傾いていった。

「僕が東海大の付属校出身ということもあって、すごく悩みました。陸上をもう1度頑張りたい思いと、辞めてしまいたいという思いで葛藤がありました」

決断は今年1月の箱根駅伝のあと。選んだのはチームを去ることだった。

「もうちょっと頑張ってみないか」

退部を決心した時は、陸上競技も辞めるつもりだった。新たなチームで走る選択肢は「全くなかった」と言う。

人生の先行きも不透明だった。

「自分も不安だったんですけど、親も不安だったと思います」

これからどうしようか-。

そこに手を差し伸べてくれたのが、創価大・瀬上雄然総監督(写真、当時/現スカウト編成部長)だった。

瀬上総監督の地元は静岡県東部の御殿場市。吉田響と同郷という縁も重なり、気にかけてくれていた。知り合いを通じ、顔を合わせる場を設けてくれた。

「響がよかったら、箱根駅伝もうちょっと頑張ってみないか」

すんなりとうなずくことはできなかった。負い目のようなものを感じた。

誰かに気軽に相談できることではない。自問自答を繰り返し、時間は過ぎていった。

ただ、その諭すような声は、自分自身が不完全燃焼であることを気付かせた。

「もうちょっと頑張ってみないか」

その言葉を思い出し、何度も自分に問うた。

「悩んだんですけど、何度か話していくうちに、自分としても箱根駅伝で山の神になることを最大の目標としていたので。悩んだ結果、もう1度駅伝を頑張りたいと思ったので、チャレンジしようと思いました」

厳しい言葉も受けた「ご報告」

2023年4月1日午前9時。

吉田響は「ご報告」と題し、ツイッター(「X」)に3枚のスクリーンショットを投稿した。

3月で東海大学を退学し、4月から創価大の一員となること。東海大での2年間に感謝の念を抱いていること。創価大で山の神にチャレンジすること。

「自分自身の言葉で応援してくださっている方へ伝えたい」という思いを込めた報告文には、こんな一文を記した。

「ご批判もあるかと思いますが、私自身、覚悟を持って今回の決断をしました。こんな私でも、応援していただける方が一人でもいれば力になります」

その投稿には、たくさんの声が寄せられた。

応援する声もあったが、「東海大で4年間頑張ってほしかった」という声も届いた。

吉田響はその1つ1つと向き合うためにも、榎木和貴監督と瀬上総監督に了承を得たうえでSNSに投稿した。

「キツイ言葉もあったんですけど、それでも自身の最大の目標である山の神に向けて、頑張りたいと思ったので、良い言葉も厳しい言葉も真摯(しんし)に受け止めて、またイチから頑張りたいと思いました」

第99回箱根駅伝、函嶺洞門を横目に力走する創価大の野沢悠真(左)

第99回箱根駅伝、函嶺洞門を横目に力走する創価大の野沢悠真(左)

心の壁を取り除いてくれたチームメート

覚悟こそ固めていたが、創価大には友人もいない。いきなり編入してきた自分を受け入れてくれるだろうか。不安でいっぱいだった。

同級生の中で最初に声をかけてくれたのは、吉田凌だった。2年生の野沢悠真も話しかけてくれた。

「前の大学ではどんな練習をしていたの?」「どうして編入しようと思ったの?」

そんなストレートな問いかけは、心の壁を取り除いてくれた。

「みんなが本当に温かく受け入れてくれて、安心しました」

4月の時点でホッとした思いを抱いたが、実は「チームに溶け込めた」と実感したのは夏合宿だった。

第98回箱根駅伝、戸塚中継所で力走する創価大8区吉田凌

第98回箱根駅伝、戸塚中継所で力走する創価大8区吉田凌

1カ月の走行距離は1000キロ超え。ポイント練習も1度も外さなかった。

吉田凌と競い合い、1年生の小池莉希らと距離を伸ばした日々。自分自身が姿で示すことで、仲間との関係が深まっていくのを感じた。

「それまではどこか緊張しているところがありましたが、ちゃんと緊張が解けたのは8月の夏合宿に入ってからでした。練習を一緒にやる機会も増えましたし、そこでチームで引っ張ったり、ご飯を一緒に食べたりして、打ち解けられました」

そんな姿は、チームに新たな風を吹かせた。

創価大の山森龍暁

創価大の山森龍暁

山森龍暁(4年)は新たに加わった1学年後輩に対し、感謝の思いを抱いていた。

「響が入るということは、区間エントリーの枠の争いが激しくなるということ。強力な4年生が卒業されて、チャンスも生まれた中、意気揚々と争い合える仲間が増えました。ムードメーカーで明るくて、話しやすいタイプなので、競争を楽しくできる。それも高いレベルでできるようになりました。1000キロ踏むのは、僕たちも難しいことだと分かっているので。負けちゃいけないなと思っています」

吉田響が自ら輪の中心に入る場面も増えていった。山森の言葉に実感がこもる。

「(吉田響は)人懐っこい性格なので、食事とかも一緒に行ったりして、本当に話しやすくて。殻に閉じこもらなくてよかったなという安心感はありました。こうやってなじめて本当によかったと思います」

創価大の榎木和貴監督

創価大の榎木和貴監督

榎木監督は「1年目で環境の変化がかみ合うだろうか」と一抹の不安も感じていたが、懸命にチームを引っ張っていく姿から、その確かな影響力を感じ取っていた。

「練習に対してストイックになれる選手です。彼がチームを引っ張ってくれたことで、数字にも表れていきました。彼の存在は一番大きな転機になっています。響は明るい性格で、うちも元々そういうチーム。自分の良さを普段の生活でも出せるかなと不安に感じていましたが、みんなも積極的に声をかけています」

そんなコミュニケーションの中で、1人1人の目標も高まっていった。

「響自身も自分からいろいろな発信をしてくれていて、彼の『山の神になりたい』という思いを受けて、他の選手たちも箱根で区間賞を取るという意識の高さにつながったり、普段の練習から情報交換をしたりしています。各選手とも、響が覚悟を持って競技と向き合っていることを理解して、少しずつですが、1、2年生も影響を受けていて、チームも変わりつつあるのかなと感じています」

大きな変化を経て、駅伝シーズンを迎えていた。

第55回全日本大学駅伝で区間賞を受賞した(右から)1区・駒沢の赤津、2区・駒沢の佐藤、3区・城西のキムタイ、4区・城西の斎藤、5区・創価の吉田、6区・駒沢の安原、7区・国学院の平林、8区・駒沢の山川

第55回全日本大学駅伝で区間賞を受賞した(右から)1区・駒沢の赤津、2区・駒沢の佐藤、3区・城西のキムタイ、4区・城西の斎藤、5区・創価の吉田、6区・駒沢の安原、7区・国学院の平林、8区・駒沢の山川

ゲームチェンジャーとしての役割

今季の三大駅伝。駒大を筆頭に、中央大や青山学院大が上位候補に挙げられる中、創価大は確かな存在感を放った。

10月の出雲駅伝で2位に食い込むと、11月の全日本大学駅伝でも6位に入った。

吉田響は2シーズンぶりの三大駅伝となった出雲路で5区区間賞に輝くと、全日本では5区の従来の記録を29秒も更新し、区間新記録を打ち立てた。

チームメートの奮闘も光った。

山森は出雲で4区区間賞を獲得。吉田凌は2大会でアンカーを務め、全日本では9位から順位を3つ上げる力走をみせた。

吉田響は全日本を終え、こう振り返っていた。

「今回はゲームチェンジャーということで、5区に選んでいただいて。シード圏内へ押し戻す役割を果たすことができました。2つの駅伝で区間賞をしっかりとることができて、日々の練習やケアが間違っていないとあらためて自信を得ることができました」

さわやかな表情には、充実感がにじんでいた。

創価大の吉田響

創価大の吉田響

4代目山の神になる

創価大に編入し、半年以上が過ぎた。

新天地での練習や仲間との出会いを通じ、新たな気付きも得た。

「東海大ではジョグや距離走をメインに基礎練習をすることが多かったんですけど、創価大へ入ってからはポイント練習もしつつ、距離もこなしています。僕はケガをすることが多かったんですけど、例えば凌はケガをせずに練習もこなしていて。そういったところは尊敬していますし、勉強になると感じています」

これまでの積み重ねが、新たな日々と組み合わさっていくことで、自信を深めることができた。

吉田響は環境を変えることの意味をこう表す。

「環境を変えるということは、新しいチャレンジをしていくこと。ただ、環境を変えたからといって、普段の思いや行いがリセットされるわけではないので、それは覚悟がいることではあります。新しい環境でどんな挑戦をして、どんな自分になりたいのかを、もう1度考えさせられる機会になりました」

環境を変えることで見つめ直したのは、「自分が本当に目指したい姿は何か」という根源的な思いだった。

その自問自答の中で、「山の神」へ再挑戦したい自分に気が付いた。

初めてストライプのユニホームで挑む箱根路へ、明るい表情を浮かべた。

「個人としては(箱根駅伝史上初の)68分台を出して、『4代目山の神』になれるように頑張ります。この仲間たちと優勝したいです」

覚悟の決断から山の神へ。

苦難の時期を経て、輝き始めた今、澄んだ瞳でその夢を追う。

岐阜県不破郡垂井町出身。2022年4月入社。同年夏の高校野球取材では西東京を担当。同年10月からスポーツ部(野球以外の担当)所属。
中学時代は軟式野球部で“ショート”を守ったが、高校では演劇部という異色の経歴。大学時代に結成したカーリングチームでは“セカンド”を務めるも、ドローショットに難がある。