世界王者には“最強の相棒”がいる。柔道の世界選手権(ブダペスト)男子60キロ級金メダルの(24=パーク24)の練習パートナーを務める伊丹直喜さん(24=早大大学院)。柔道に対する豊富な知識と研究で高藤から絶大な信頼を得る1学年上の先輩だ。

 「最強コンビ」で勝ち取った世界一だった。サフォロフ(アゼルバイジャン)との決勝。3分20秒。高藤が大内刈りで一本勝ちして3大会ぶり2度目の優勝を決めた。観客席にいた伊丹さんの元へ行き、両手でがっちりと握手。その瞬間、緊張感が解けたのか安堵(あんど)の表情を見せた。「世界で一番強いことを証明する」「直喜先輩を世界一の立役者にする」。高藤はこう決意して臨んだ大会であった。

 伊丹さんは小5の時、都内の柔道クラブで高藤と出会い、神奈川・東海大相模中から東海大まで同窓。同じ軽量級で中学時代には2度対戦して2敗した。互いにライバルとして認め合っていたが、常に上には高藤がいた。「いつか絶対に倒してやる。試合を見ては『直寿、早く負けろ』と思っていました」と伊丹さん。強豪の東海大相模高に進学後もその気持ちは変わらなかった。同期には世界選手権100キロ超級代表の王子谷剛志(25)、1学年上には同100キロ級代表の羽賀龍之介(26)、同73キロ級金メダルの橋本壮市(26)らがいる環境で切磋琢磨(せっさたくま)した。

 転機は11年講道館杯全日本体重別選手権だった。高3の高藤が1年後のロンドン五輪銀メダルの平岡拓晃さんを破った。会場でその姿を見た伊丹さんは「初めて『直寿すごいな』と思いました。少しうれしくもなり、その一方で、同じ階級の選手の勝利を喜ぶようであれば『選手として終わったな』とも思いました。もう、上を目指す資格はない」。伊丹さんの気持ちが吹っ切れた瞬間だった。

 明るい性格で周りからお調子者に見られる高藤の陰の努力を近くで見てきた。「天才」と評されるが、伊丹さんは「負けず嫌いの努力家」と表現する。稽古で体重が倍以上ある王子谷に投げられては悔しさから泣いて、大会で優勝しても内容に納得がいかないと、試合後に黙々と走り続ける姿を何度も目にした。学生時代から重量級選手にも勝るように肩車などの足技、組み手の強化を意識してきたからこそ、今の変幻自在の技を繰り出す高藤があるという。

 「世界一を目指す直寿をサポートしたい。これが自分の人生なのかもしれない」。高藤が東海大に進学後、導かれるように練習パートナーの道を選んだ。高藤のスケジュールに合わせて打ち込みの相手を務め、国際大会前などには対戦相手の映像を見て特長などを頭に刻んだ。データ収集して相手の癖を見抜き、可能な限り伊丹さんが相手役を体現した。「直寿にとって少しでも対戦相手の分身になれたらと思っています。それが1つでも多く出来たら、勝ちにつながる」。2人で柔道の動画を見るのが至福の時でもあり「最高の酒のつまみです」という。

 夢であり、約束がある。高藤が昨夏のリオデジャネイロ五輪で銅メダルを獲得し、報道陣の取材を終えて伊丹さんとトイレに入った時だった。突然、高藤が四つんばいになって泣き崩れた。「すみませんでした…」。伊丹さんは返す言葉が見つからず、背中を軽くトントンとたたくのが精いっぱいだった。その日の夜、高藤からLINE(ライン)で「4年後、またこの舞台に必ず帰ってきましょう」と連絡があった。このメッセージを見て「リオ五輪が1つの節目」と考えていた伊丹さんだったが、20年東京五輪まで練習パートナーを務めることを決めた。「周りからは『理解出来ない関係』とか言われますが、これが僕たちの関係なんです。常にベストな状態で直寿を畳の上に送り出すのが僕の役割ですし、直寿も必死に結果で応えようとしてくれている。3年後に金メダル獲得の瞬間を一番近くで見届けたい。今はその気持ちだけです」。

 練習パートナーが先輩で選手が後輩という珍しいコンビだが、そこには過去にライバルとして互いに高め合ってきたからこそ強い信頼関係があると考える。伊丹さんは現役ではないが、今でも代表合宿や稽古などでは高藤と同じ練習メニューをこなし、汗をかいてモチベーションを上げる。柔道から離れても兄弟のように仲が良く、高藤は14年に生まれた長男登喜寿(ときひさ)ちゃんに、伊丹さんの名前を1文字とったほど感謝している。伊丹さんは自身で成し遂げられなかったことを高藤に託し、高藤は世界で勝つために伊丹さんを必要不可欠な相棒とする。夢をかなえるため、約束を果たすために「最強コンビ」の戦いは続く。【峯岸佑樹】


王子谷剛志と高藤直寿と肩を組む伊丹直喜さん
王子谷剛志と高藤直寿と肩を組む伊丹直喜さん
代表合宿で高藤直寿(右)とトレーニングする伊丹直喜さん(左)(撮影・峯岸佑樹)
代表合宿で高藤直寿(右)とトレーニングする伊丹直喜さん(左)(撮影・峯岸佑樹)
代表合宿で高藤直寿とトレーニングする伊丹直喜さん(右)(撮影・峯岸佑樹)
代表合宿で高藤直寿とトレーニングする伊丹直喜さん(右)(撮影・峯岸佑樹)
代表合宿で高藤直寿とトレーニングする伊丹直喜さん(右)(撮影・峯岸佑樹)
代表合宿で高藤直寿とトレーニングする伊丹直喜さん(右)(撮影・峯岸佑樹)